第51話 没収


「君が棺を盗み出したんだね? ケイロン……」


 そんなケイロンの前にラクレスはしゃがみ込んでそう問いかける。


 一つの嘘……いや、一つ機嫌を損ねれば影一つ残らずこの世から抹消される。

 

 そんなつもりラクレスにはなくとも、ケイロンにはそう感じた事だろう。


「は、はひ!! え、エミリアの遺体もここに……」


 魔法陣を作り上げ、ケイロンは慌てて魔法を発動すると。

 異空間より人が一人収まる程度の棺が一つ。


 それは間違いなく聖騎士団より渡された資料に書かれていたアイロンメイデンの棺で

あり。 ケイロンはびくびくと怯えながらラクレスへとその棺を差し出した。


「エミリアが残した僕の復活の予言……大方それを阻止するためにエミリアが封じたリヴァイアサンを利用して僕をまた殺そうとした……ってところかな?」


 ちらりとラクレスはそんな筋書きを思い浮かべ問いかけると、ケイロンは顔をさらに青くさせて今度は尻もちをついて手を後ろへとつく。

 

 それだけでラクレスの筋書きがおおむね正解であることを示しており、ラクレスは呆れるようにため息を漏らすと今度は怯えるケイロンの袂へと手を伸ばす。


「ひいいいいいぃ!? こ、殺さないでええぇ!」


「殺さないから落ち着けよ……少し」


 過剰に悲鳴を上げるケイロンに多少イラつきを見せながらも、ラクレスはローブの中をまさぐると、一本の杖を抜き取る。


 白金で作られ、先が二股に割れたその杖はケイロンが持つ神の杖。

【ケリュケイオン】


 勇者と魔王の操る番外魔法を除き、すべての魔法攻撃を無効化するその杖は、かつては魔王軍の放つ強力な殲滅魔法から勇者を守るために使われていたものであり、ラクレスは昔を懐かしむように目を細めると。

 その杖をそっとセラスへと渡した。


「一定時間全ての魔法を無効化する神の杖……タネさえ割れてしまえばなんてことないものだし、正直、奪う必要はないけれどあまりにも危険だからね」


杖を失ったケイロン。しかし動くことも抵抗することもできずに杖を奪われた瞬間に、なにかを失ったかのように崩れ落ちる。


「た、助け……助け」


うわ言のように呟かれ続ける命乞いの言葉。その言葉に鬱陶しげにラクレスはその小さな魔術師を見おろすと。


「あぁ、もういいよ。 どこぞなりとも消えるがいいさ……そして王様に伝えておくれ。 殺されたことは怒ってないから、もう僕たちに関わるなって」


「つ、伝えます!伝えますから!」


「じゃ、よろしくね。 あと、ちゃんと壊した街は君が直すんだぞ? 誰も怪我したりはしてないと思うけれども、建物も何もかもがめちゃくちゃだからね……って聞いてないか」


言い終わるよりも早く、逃げ出したケイロンはすでにけし粒ほどの大きさになっており、その姿を呆れたように嘆息を漏らしてラクレスはやれやれとため息をついて、ヴェルネセチラの町を見る。

リヴァイアサンの魔力が溶け出し赤く染まった湖は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


戦って、勝利して……しかしそれだけでは美しい水の都は戻らない。

結局……戦いだけではなにも生み出すことはできないのだと、ラクレスは心の中で一つ思った。



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