第29話 赤く染まった湖

 その後、聖騎士団に護衛をされつつ僕たちは水の都ヴェルネセチラへの道を歩いていく。

 

 僕たちを迎えに来たのは聖騎士団長率いる特殊部隊とのことであり、僕たちの隣を並走するミスリルでできた鎧を着こんだ女性が、聖騎士団長のカタリナである。


 カタリナの説明によると、聖騎士団とはエルドラドの率いた兵とおなじように、僕が死んだあとにエミリアが作り上げた部隊であり、長く僕がヴェルネセチラに訪れるのを待っていたとのだとか。


「驚いた、説明を聞いてもまったく状況が呑み込めぬことなど初めてのことよ」


 と語ったのはセラスであり、同じく僕も状況が呑み込めなかったため、仕方なく町に向かいながら詳しい話を聞くことにした。


「まぁお前さんが勇者だとか魔王だとかってのは恩人だからどうでもいいんだけどよぉ。

 なんだって俺まで騎士団様にエスコートされてるんだ?」


 いまだに信じられないといった表情でぷかぷかとたばこを吸うタクリボー。

 当事者であるはずの僕たちがこの状況を理解できていないのだ。

 タクリボーは夢でも見ているような感覚だろう。


「申し訳ございませんタクリボー様。 しかし最近ヴェルネセチラ近辺には魔物が多発しておりまして……勇者様をここまでお連れいただいたお客人を危険にさらすことになっては騎士団の名折れでございますゆえ」


「その勇者ってのが一番にわかには信じられねぇんだよ……勇者ラクレス・ザ・ハーキュリーっていや、魔王討伐の直前に勇者の剣を盗み出して行方をくらました大罪人だろ? 最悪こいつが勇者だってのが本当だったとしても。なんだって聖騎士団がそんな大罪人に跪いて客人としてもてなしてるんだよ?」


 そう語るタクリボー。 アミルさんにも聞いた話だが、僕にヒドラの毒を盛ってから王様が最初にやったことは、僕がやってきた魔王討伐の功績を四将軍の物にすり替えるというものだった。


 ゼラスティリア王国、そしてミルドリユニア帝国が出来上がってからも四将軍は逃げた勇者の代わりに魔王を討伐し、勇者は魔王に怯えて勇者の剣を持ったまま行方をくらました大罪人として二百年語り継がれたらしい。


「そ、それは違います! 勇者様は魔王を倒してその後にもごもが…」


 しかし、魔王軍幹部も万の悪魔軍団も魔導兵器も魔王自身もすべて僕一人で倒してきたのだ。

 情報のすり替えにも無理があり、ダークエルフの村のように正しい歴史を知る人たちも少なくはなく、勇者信仰として正しい歴史はひそかに紡がれてきたのだとか。


 もちろん、正史としての僕は勇者の剣を盗んだ大罪人。 騎士団の前で正しい歴史を吹聴するのは危険な行為であるため、怒って反論をしようとするメルティナの口をふさぐ。


 ちなみに僕が勇者だとばれてしまったわけだがメルティナの反応はとくには変わらない。

 小さいからまだよくわからないのだろう。何かを気にする様子もなくいつも通りで僕は少し安心する。


「な、なんだぁ嬢ちゃんいきなり暴れて……俺なんか変なこと言ったか?」


「あ、あー……えーと」


 きょとんとしたタクリボーの言葉に、僕は困ったように苦笑いを浮かべるが。


「……それは、国王が吹聴した誤った歴史ですタクリボー殿……正しき歴史では、魔王は勇者様一人で倒された、かつてのエミリア様を含む四将軍が勇者様に毒を盛って殺害を試みてその功績を自らのものとすり替えたのです」


 その言葉を諫めるように、聖騎士団団長カタリナはそう語る。


「それ君たちが言っていいの?」


「事実は正しく伝えねばなりますまい、それが汚点だとしても」


「殊勝な心掛けよな……それもエミリアという奴の教えなのか?」


「ええ……エミリア様はずっと、あなたを殺害したことを悔いていらっしゃったとお聞きします」


「ならば最初からやらなければよいものを……」


 セラスは努めて冷静にそう息をつくが、後ろ手に隠した拳が強く握られるのが見えた。


「はーん……そりゃ災難だったなお前さん。利用されて捨てられたってわけかい」


「まぁそんなところ」


「可哀そうに……葉巻でもすうか?」


「吸わないけど、せっかくだから貰っておくよ。ありがとう」


 タクリボーなりに同情をしてくれたのか、不器用な商人の贈り物を僕は受け取って胸ポケットにしまう。


 ほんのりと甘い香りが僕の鼻をくすぐった。


「しかし、どうして二百年前に殺されかけた勇者様が、こんなところにいるんだよ。とてもじゃないがそのツラで二百歳超えてるなんてのは無理がありすぎるぜ?」


「たわけ、妾の力をもってすれば空間と時間の移動など容易きことよ」


「まぁ本当は世界の反対側辺りに逃げようとしたんだけど、失敗しここにいるってわけ」


「そ、それは言わなくていいのーー!」


 慌てると年相応の口調に戻るセラスに僕はほっこりしてしまう。


「あーつまりはここに来たのは偶然だったってわけだよな? それなのにどうして騎士団様はこいつらがここに来るのがわかっていたんだ?」


「それは、エミリア様の力です。 エミリア様はリヴァイアサンと戦い命を落とされるよりも前に、二百年後の今日勇者様と魔王様がヴェルネセチラを訪ねてくることを予言しました……そして、ヴェルネセチラの危機を救ってくださると」


「予言……そういえばエミリアにも未来予知の能力があったんだっけ」


 予言の聖女として、魔王軍との戦いにおいて指揮を振るった彼女。

 特にお世話になったことがなかったためあまり気にしてはいなかったが、思えば小さいときに悠久の魔王が訪れることを予言したことから、聖女として四将軍として迎え入れられたという話を聞いたことがある。


 二百年も先のことまでここまで正確に予言ができるとは驚きではあったが、それならば納得である。


「……それよりも危機ってのはなんだよ、おいおいそんな話聞いてないぜ?」


 納得する僕の傍らで、タクリボーは危機という言葉に不安げにカタリナに問いかける。


「えぇ、それは見ていただいた方が早いと思うのですが……あぁ、ちょうど見えてきました」


 それに対しカタリナは言うと道の先を指さす。


「な、なんじゃありゃあ!?」


 そこにあったのは、桃色に輝く湖……ではなく、血のように鈍く真っ赤に染まった湖の姿。


 ヴェルネセチラから運ばれてきた風は潮の香りよりもねばついた生臭さと鉄の香りが混ざっていた。

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