二十九

 今から約4年前――。

 蓮見丈(当時、鳴神秀)と蘇芳純夜は「鳴神・蘇芳探偵事務所」を設立して、細々と暮らしていた。

 何せ、2人だけの小さな事務所である。舞い込んでくる依頼のほとんどは大した案件ではなく、探偵と言うよりも、街の何でも屋と呼んだ方が表現としては近かった。

 それでも丈にとっては、その生活は楽しいものだった。何故ならこの生活は、彼が初めて勝ち得た自由だったからだ。

 しかし、そんな日々は長くは続かなかった。 

 ある日、純夜が一件の仕事を持ちこんできた。依頼の内容は、「家出をした娘を探して欲しい」という至極ありきたりなものだった。

 だがこの依頼には裏があった。依頼人は会社員をしている父親だという事だったが、この父親というのが実はヤクザだったのである。

 この事は、丈は勿論、直接依頼を受けた純夜ですら知らなかった。しかも、よりにもよって純夜は、この家出をした娘に一目ぼれをしてしまったのである。

 

 蘇芳純夜という男は、ひどく女癖の悪い男だった。苦労して娘を探し出して保護したその夜、色々と口実をつけて丈を先に事務所へと帰し、まんまと娘と関係を持ってしまった。そして翌日の朝、ホテルから出てきた所をヤクザの下っ端に見つかってしまったのだ。

 純夜は娘と口裏を合わせて、「彼女がここにいたのは襲われたからだ。やったのは鳴神秀で、自分は彼女を助けに来ただけだ。」と、嘘の供述をした。それは我が身可愛さからの言葉だった。

 そんな事情など何ひとつ知らなかった丈は、その嘘の告白を信じ込んだヤクザたちによって、探偵事務所にいる所を襲撃された。

 寝耳に水の話を聞かされワケがわからない丈は、なんとか襲撃の手を掻い潜って脱出する事には成功したものの、それ以降、ホームレスとして各地を転々とする事になってしまったのである。

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