11

 昔の夢を見た。俺がまだ私立探偵を名乗っていた頃の夢だ。

 せっかく命からがらあの街を逃げ出し、自分の名前を捨てて、モルモットとはいえ新しい生活を手にしたってのに。幸いなことに内容は覚えていないが、全身にじんわりと嫌な汗をかいている所から察するに、楽しい夢じゃなかったのは間違いなさそうだ。……そしてそれは、もしかしたら、今日これから起こる出来事を暗示しているのかもしれない。

 スマホを見るとまだ午前10時にもなっていなかった。目覚ましは11時にセットしていたというのに、それよりもだいぶ早くに目覚めてしまったわけだ。

 ともあれ、今はこの不快な汗を流したかった。それに部屋の中には、報告書を燃やした時の匂いがまだ少し残っていた。俺は窓を全開にして、シャワーを浴びにいった。

 15分ほどして。熱いシャワーで身も心もスッキリした俺は、冷えたスポーツドリンクを飲みながらテレビのリモコンを手に取った。画面の中では、あの政治家のあの言動が問題だなんだと、コメンテーターが自分たちの事を棚に上げて騒ぎ立てていた。チャンネルを変えると今度は芸能人の不倫問題で、MCが憤りの声を上げている。他のチャンネルも似たり寄ったりな内容だったので、つまらなくなってすぐにテレビを消してしまった。まったく。この国は今日も平和だ。

 約束の午後1時まで、移動時間を省いてもあと1時間半はある。

「……とりあえず、外で朝飯にするか。」

 高速道路に乗る少し手前に、新しく出来た牛丼屋があったはずだ。そこで朝定食でも食べよう。

 俺はクローゼットを開けて着替えを始めた。なるべく動きやすいものをチョイスしていく。柄物のロンTに、カーゴパンツ。一番上にはジャンパーを羽織った。靴はスニーカーじゃなく、トレッキング用のブーツにしよう。

 続いて、ハンガーにかかった服を左右にかきわけていく。すると、鍵付きの小さな引き出しが姿を現した。俺は真ん中の引き出しに、持っていた小さな鍵を差し込んだ。そこに収まっていたのは、一丁の拳銃である。少し前に秘かに買っておいた代物だ。

「まさか必要になる日が来るとはなぁ。」

 思わず苦笑してしまった。

 実は拳銃を使うのは初めてではない。私立探偵時代に何度か発砲した事がある。しかし、俺に射撃の才能は全くと言っていいくらいに無かった。あくまでもこいつはただの脅し、それで充分なのだ。

 俺は拳銃をジャンパーの内ポケットに隠し、財布とスマホと鍵をつかんで家を出た。

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