22

 遠くでシャワーの音が止んだのが分かった。

 ミラは部屋の電気を消して、無言のまま寝床へと入ってきた。

 俺は隣に敷いた布団の中で、ミラに背中を向けた状態で横になっている。身じろぎひとつしないように、体を強張らせながら。

(博士が……死んでいたわ……。)

 ミラのその言葉が、俺の頭の中で繰り返される。

 一体、いつ殺されたのか? そして誰に?

 それを考えた所で、推測の域を出ない事なんか分かり切っているのに。

(……いや、知ろうとしないからだ。聞けば分かる事かもしれないのに、知るのが怖いんだ、俺は……。)

 もしも隣で寝ている女が、実は裏で研究所と繋がっていたら? そして研究データを積み上げるために、ただ俺を泳がせていただけだとしたら? いつでも捕獲できるように、一緒に居ただけだとしたら? 

 ……冷静になれば、辻褄の合わない点なんか幾らでも出てくる考えだ。だが、どうしてもそれらの疑念を頭から追い出す事ができない。

 

――裏切り――。


 裏切りというのは、相手を信頼していればしているほど、その苦痛は大きい。だから俺はなるべく人を信じないようにしてきた。そうすれば、裏切りなんてものに恐怖することもないんだ。なのに、今の俺は……。

(いつの間にか……こいつの事をこんなに信用しちまってたのか……。)

 

 耳をつんざくような雨音が俺の全身を叩きつけている気がして仕方がない。何とかその音から逃れようとして、布団を頭から被り耳を塞いだが、そんな事はなんの抵抗にもならなかった。

(俺は……どうすりゃいいんだ……。)

 

 激しい雨はそれから2日続いた。外出なんてできるわけもなく、ひたすらに部屋の中でじっとしていた。テレビをつける気も起きなかった。

 あれからというもの、ミラは雨にやられたのか寝込んでしまっている。メシもまったく食べようとしないし、看病も頑なに拒まれてしまったので、俺は彼女の邪魔にならないようにと自分の布団を居間に持ち込んでそこで寝るようにしていた。ミラはこの2日間、風呂とトイレ以外ではまったく寝室から出ては来なかった。

 ……いや、一度だけ、ミラが寝室の襖を開けて俺に話しかけてきたことがあった。

「……博士の事はちゃんと話すわ。でももう少し時間が欲しいの。

 一週間……。一週間、時間を欲しい。どうか、お願い。」

 それはお願いと言うよりも、懇願に近かった。

 ジジイの事は今すぐにでも知りたかった。知る必要があった。それは俺の今後に関わる事だからだ。

 けれど俺は、ミラの必死の願いを聞き入れる事にした。

「……分かった。一週間、だけだからな……。」

 ミラは俺の言葉に、思いつめたような表情でゆっくりと頷いた。

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