二十

 夢の中で、丈は自身の過去を追体験していた。

 ひとりぼっちで過ごした幼い日々。

 父親は超がつくほどの一流企業で働く会社員で、残業で帰れない日などは、母親にいつもプレゼントを買ってきていた。母親はそんな父親の為に、働く量をセーブし、家の事に力を注いだ。

 父親が早くに帰ってくる日は、いつも全員で食卓を囲んだ。父親の言葉に母親が返す。母親の言葉に父親が笑う。仲睦まじい夫婦の姿がそこにはあった。

 しかし、そこに幼い丈が入り込む余地はなかった。2人は食事こそ与えはするものの、自分たちの息子がまるでそこにいないかのように振る舞った。

 2人は暴力を振るうこともあった。父親は、その時には決まって「これくらいしかお前が役立てる事はない。」と冷笑した。母親は、家を空けられない日が続くと、そのストレスのはけ口として暴力をふるった。

 唯一、2人から息子として大事に扱われるのは、人目につく時だけだった。その時の2人の貼りついたような笑顔を見上げながら、丈は「自分も協力しなければ。」と思うのだった。

 

 小学校に上がる頃から、丈は自分の事は自分で出来るように努め始めた。父親の負担にならないように、母親がいつでも家を空けれるように。これが、自分が家の為に出来ることだと思った。

 丈は、両親からどんな扱いを受けても、暴力を受けても、2人のことを憎むことはなかった。10歳になる頃には、自分の生活環境が異常である事も理解できていたのに、それでも丈は、両親を心のどこかで尊敬さえしていたのである。

  

 だがそんな日々は、丈が高校に上がると共に崩壊した。両親が失踪したのだ。 

 

 まず、父親がいなくなった。全財産のほとんどを持って、愛人と逃げた。それを知った母親は、残りの金を持って不倫相手の所へと逃げた。取り残された丈は、一時的に父方の祖父母に引き取られて、そこから高校に通うことになった。

 丈にとって、両親の失踪はショックな出来事だった。丈は、お金の面を除けば、もう両親の力を借りなくても生活できるようになっていた。両親の世間体を守るためにと、程々に優秀な成績を残し、父親の前では邪魔にならないよう空気となり、時にはサンドバッグとなり、母親が家を空けたい事を察知して家事をすべて済ませもした。それが歪なものであれ、丈は家族であろうとしていたのである。

 それなのに、両親はいなくなった。丈は裏切られたと感じると同時に、己の馬鹿さ加減にうんざりした。

 

 祖父母の家では厄介者扱いをされながら過ごした。その素直な悪意に居たたまれなくなって、丈は年齢を誤魔化してバーテンダーの仕事を始めるようになった。

 仕事は刺激的で楽しいものだった。人々の喧騒は、丈の心の傷に眩い光を当てて見えなくしてくれた。

 ただ、そこでは実に様々な厄介ごとが起こった。丈は、必要に迫られてそれらを解決していくうちに、後の探偵としての下地を固めていくことになった。


 そんな丈に、ひとつの転機が訪れる。それが、後に「相棒」と呼び合う間柄になり、そして丈の心に再び裏切りという傷をつけて去っていく事になる、蘇芳純夜(スオウジュンヤ)との出会いだった……。

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