最終話(2)
ガラクタの山の中で、俺はやっと自分の体を起こす事に成功した。まだ目はほとんど見えないが、たぶん今俺は、ミラの方を向いているはずだ。
ミラ。俺の世話係。共に過ごしたのはたった3年ほどだったが、それには一緒に暮らしていた時期も含まれている。しかし、
「残念だな……。」
「?」
「この体じゃあ、もう煙草も吸えやしない……。」
「知っているわ。だから代わりに吸ってあげたのよ。」
……これだ。この感情がこもっていない感じ。あの頃とまったく変わっちゃいない。
俺は心の中で苦笑した。
そしてふと、あの時彼女に抱いた怒りや失望と言った感情が消え去っている事に気が付いた。残っていたのは、純然たる疑問だった。
「ところで……どうしてここに来たんだ? 今さら俺を捕まえたって意味はない。俺はもうすぐ死ぬんだから。」
「それは……。」
ミラは口ごもった。
しかしそれもほんのわずか。彼女はすぐにキッパリと言い放った。
「それは、あなたの世話をする事が私の仕事だからよ。」
「世話? それは世話係として、か?」
「……ええ。」
「あの研究所や、黒服の連中は関係ない、と?」
「関係ない。私がそうしたいの。それが私の望みなの。」
「……そうか。それが望みだって言うならしょうがないな……。」
疑いがすべて晴れたわけじゃない。それでも、こいつの好きなようにさせてやりたいと思った。それに、さっきこいつは「つい最近まで俺の近くで仕事をしていた」と語った。それも自分の意志なのだとしたら、それに報いたいとも思ったのだ。
「しかし望み、か……。なぁミラ。」
「なにかしら?」
「今の俺の“望み”がなにか、分かるか?」
俺の望みはたったひとつ。死ぬ事、だ。
しかしそんなことは誰にも言っていない。その頃にはもう俺は自分の心の中に引きこもっていたからだ。当然、ミラにだって分かるはずが……。
「あなたの望みは分かっているわ。
自分を殺してくれるもの。
……例えばこのナイフ。そうでしょう?」
そう言いながらミラがナイフを取り出した……ような気がする。ナイフそのものは見えないが、刀身に光が反射してキラキラ光っているのが辛うじて視認できた。
しかしそんな事よりも、俺は、自分の望みをミラが当てた事に驚いていた
「どうして……分かった?」
「あなたを見ていれば分かるわ。」
「そうなのか……?」
……どうにも納得がいかないが、今一番大事なのは、とにかくミラがナイフを持って来てくれたという事実だ。足りなかったピースが、埋まったのだ。
拉致されてからというもの、俺には尊厳なんてものがこれっぽちもなかった。人間どころか動物扱いすらされない、ただ虐げられるだけの日々……。そしてそれは自我を失っても尚。そんな日々が数十年続いた。
ずっと心の奥底で思い描いていた事がある。
いつか仕返しをしてやる。この俺の能力を使って、俺を弄んだ人間たち全てに復讐してやる……!と。
ただ、ひとつ問題があった。俺の能力が 俺自身の行いで発現するのかどうか が分からないのだ。そんな事、今までただの一度も試した事がない。だからせめて俺の抱いているこの “憎しみ” をとことんまで溜め込む必要があったのだ。
そしてついに、この時が来た。
「……とにかくミラ、そのナイフを持ってきてくれ。頼む。」
困った事にさっき体を起こした事で、俺のエネルギーはほとんど尽きてしまっていた。今できる事はせいぜい腕を動かすか、体を前に倒すかくらいしかない。そんな状態ではこのスクラップの山を降りる事など不可能だった。
しかしミラは、長い長い、やけにこれ見よがしなため息をついて答えた。
「無理ね。」
「なんだって……?」
俺にはミラの言っている意味が分からなかった。こっちに渡せないのならなんでナイフなんて取り出したんだ? まさか俺を殺すつもりだからとかそういう理由か? しかしそれは困る。これは自死でなければいけないのに。
俺がそうやって混乱していると、突然、足元で何かが爆発したような音が轟いた。何が起こったのかと思う間もなく、嫌な浮遊感が俺を襲う。
そして、衝撃。
気付くと、俺は平らな地面に足をつけて立っていた。
「これなら、渡せるわ。」
ミラは、なぜか自慢げにそう言った。
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