13

「ぐお……っ!」

 これは……俺の声ではない。俺は、撃たれてない……?

 目を開けると、銃が床を跳ねて作業台の下へと滑っていくのが見えた。

 何が起こったのかさっぱり分からない。しかも、俺を撃とうとしていたジジイの方がうずくまってしまっている。撃たれたのは……ジジイの方?

「そういうわけにはいかないのですよ、香坂博士。」

 俺の背後の方から、男の声がした。この部屋には、俺達3人以外は居なかったはずなのに。

 ジジイはよろよろと壁に背中を預けながら、なんとかと言った様子で立ち上がった。腕を抑えた手の、その指の隙間から血が漏れ出ている。それでもジジイは、精一杯の軽口をたたいてみせた。

「あ、アポ無しはお帰り願っておるんだがのぅ……?」

「鈴木の名で取っていますよ。上からの許可をね。」

 何とも穏やかな声の男だ。それが逆に空恐ろしい。

 俺は麻痺する体を強引に動かして、なんとか目線だけでも後ろを向かせる事に成功した。

 センサー付きの扉がなぜか開いている。しかも壊された風でもなく、だ。男が許可を得たと言ったのは本当の事なのかもしれない。

 侵入者は黒服を着た3人組だった。

 両端の2人は見るからに屈強な体つきをしている。そして真ん中にいる比較的小さめな男は、手に銃を携えて笑みを浮かべていた。この男が “鈴木”に違いない。

 その鈴木がチラリと俺を見やって言った。

「この部屋にいるという事は……。その男ですね、研究対象は?」

「……違うわい。」

「なぜ彼に銃を突き付けていたのです?」

「ヒミツじゃ。」

「そうですか。では、研究報告書を渡して下さい。それがあなたの仕事のはずですよ。」

「ひょっひょっひょっ。あ、あれは燃やしてしもうた。事故じゃ。」

「……ほう?」

 鈴木の声色がにわかに冷ややかなものに変わった。

「……ですが、たとえ焼失したとしてもマスターデータがあるでしょう。そちらをお渡しください。」

「すまん。そちらは全部消えてしまってのう。いやはや、一生の不覚とはまさにこの事じゃ。」

「それも事故、ですか?

 一生の不覚ねぇ……。」

 男は困ったとばかりにゆっくりと息をついた。そして人差し指を額にトントンとあてて、何やら考え込み始める。

 俺が痺れ薬を盛られてから、まだ5分経ってはいないだろう。だが、それでもさっきよりは体に感覚が戻ってきた気がする。俺は今のうちに、自分の状態の確認をする事にした。誰にも悟られないように気をつけながら。

 ――意識は? ……だいぶハッキリしてきた。

 ――手は握ったり開いたりできるか? ……何とか。

 ――体に力は入るか? ……こっちはまだ少しかかりそうだ。

 もしかしたらジジイの盛った痺れ薬が弱かったのかもしれない。この分ならもうすぐ動く事が出来そうだ。

 続けてミラの方を見てみる。さっきと同じく、もがくようにして。

 ミラはジリジリと3人組から距離を取ろうとしているようだった。あいつの事だから何かの意図があるんだろうが、勿論俺には見当もつかない。ただ認識しておかないといけないのは、ジジイの部下であるあいつは、当然ながら俺の敵だという事だ。

 即ち。

 今の俺には、味方がいない。

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