四十四

 長い歳月が経過していた。

 その昔「蓮見丈」と名乗っていた男は、今や生命活動をしているだけの、ほとんどモノ同然と化してしまっていた。肉体の欠落した箇所には金属やプラスチックで作ったパーツが埋め込まれており、その見た目はまるで特撮番組に出てくる機械人間のようである。

 男の自我は、目をくり抜かれて視力を失った時に、外部への自己主張をやめた。のちに義眼が埋め込まれて視力はわずかに戻ったものの、男にとってそんな事はもはや些細な事でしかなかったのだった。

 いつしか男は、心に情景を思い浮かべて妄想に耽ったり、頭に浮かんだ事柄について考える作業に没頭するようになっていた。

 時折、誰かの会話がしたり、衝撃が襲ったり、体表面でカチャカチャと何か(欠損した箇所を補完するためのパーツである事は間違いない)をはめ込む音がしたが、それらは男の中で “憎しみの種”として蓄積されていった。

 男の能力を利用しようとする客は、今や裏社会とは本来関りのないはずの一般人にまで広がりを見せていた。決して安くはなく、さりとて手が届かないわけでもない。そんな金額設定は人々の復讐心をくすぐった。

 客の中には、「蓮見丈」や「鳴神秀」と所縁のある人間もいた。さらに言えば、彼に最初の名前をつけた人間もいたのである。しかし彼らは、自分の目の前にいるモノの正体に気付く事もなく、ただ嬉々として自身の恨みを果たしていった。 

 やがて男の存在は世界中に知れ渡るようになった。そして人々は、己の隣人がもしかしたら自分に憎しみを抱いているかもしれないと不安を抱くようになった。いつ、何がきっかけで自分に牙が向けられるかと、恐れた。

 その一方で、そんな事を可能とする男の能力に人々は怒りを覚えた。だが実際に男に対して怒りをぶつけようとする客はひとりも現れなかった。人々にとっては、自身の復讐の方がより重大事なのだ。それだけ憎悪の念と言うものは、人間という種の中で大きな比重を占めていたのである。


 そして今しがた、組織の幹部に連れられて新たな客が現れた。右手からは指が3本、不揃いに失われている。原因は男の能力によるものだったが、その客の憎悪は男には向けられていない。

 客は恨みを果たさんと、対象の名前を告げた。そして、左手に持った大きな鉈を使って男の右腕を切り落とした……!

 ……つまりこの瞬間、世界のどこかで、右腕が突然切断された人物が新たに生まれたわけである。

 ところでこの客には “誰が自分に恨みを果たそうとしたか”を知る術がない。もしかしたら全く関係のない人物を勘違いで恨んでいる可能性もあるというのに、この客はその事にまったく気付いていなかった。怒りと憎しみで我を忘れていたのである。

 切り落とされた男の右腕を見て、客は忌々し気にそれを焼き払ってしまった。だが切断されたものは能力の影響の範囲外である。切り落とした腕を燃やした所で、対象の腕は焼失しないのである。

 この客は、組織の所有物(男の腕)に不当に危害を加えたとして、幹部によってその場で射殺されてしまった。


 程なくして、粗末な身なりをした奴隷の女が呼びつけられて遺体を運び出した。そして再び戻ってくると、今度は燃えカスの後始末をし、男の体の掃除をし始めたのだった。

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