26

 俺はコンクリ製の橋を渡り始めた。橋の下は、片側二車線の道路が通っている。

 目的地である南の公園は、北の公園とはだいぶ趣が異なる。良く言えば静かで、悪く言えば雰囲気が暗い。

 そして人々は、あまりこちら側の公園には寄りつこうとしなかった。

 だがそれは、雰囲気が暗いからとかそういったものじゃあない。

 最たる理由は、ホームレスの存在だった。

 昔、北と南の公園がまだ別々の名前だった頃は、ホームレスは誰ひとりとしていなかったらしい。それが2つの公園が橋で繋げられると、一年も経たないうちに、この南側の公園にだけホームレスが住み着くようになったんだそうだ。多い時なんかは50人を超すホームレスが居たらしい。

 なぜそんな事を俺が知っているかというと、その理由は簡単で、俺自身もここに住んでいた時期があったからだ。俺にその話をしてくれたおっさんは、冬の厳しい寒さに耐えきれず死んでしまったが……。


 案の定というか、橋の上ですれ違う人は誰一人としていなかった。もちろん、俺と同じ方向を歩く人もいない。

 しかし橋もそろそろ終わりという辺りで、何やら足元の方から音楽が聞こえてきた。橋を渡り終えてチラリと横目で見てみると、橋げたの所で数人の若者たちがダンスの練習に励んでいた。これは俺がホームレスをやっていた頃には見なかった光景だ。

 石畳で出来た、だだっ広い舗道を歩いていく。途中で、3台連なった自販機が目に入った。その横面には、スプレー缶でお世辞にも上手とは言えない絵が描かれてあった。そう言えばさっきの橋げたの所にも、同じようにスプレー缶で描かれた絵や文字があったような?

 不審に思いながらもさらに先へと進んで行くと、T字路に差し掛かった。ここからは遊歩道で、左右どちらに曲がっても木々に囲まれた道を歩く事になる。

 しかし俺はそのまま真っ直ぐに進み、腰ぐらいの高さの柵を乗り越えて、木立の間をすり抜けていった。この先にはこじんまりとした広場があり、そこをホームレスたちが住処としていたのだが、そこに行くにはこうしてショートカットした方が早いのだ。


 しかし、木立を抜けた先にあった光景は、記憶の中にあったそれとはかなり様子が違っていた。  

 第一に、20以上はあった段ボールハウスやテントがほとんど撤去されてしまって、だいぶ殺風景になってしまっていた。しかし残されているものの中に人の姿がある所を見ると、どうやら強制撤去されたとかそういう類のものではなさそうだった。

 そしてその空いた広場の一部を使って、数人の集団がなにかしているのが目に入った。俺より下に見える年代もいれば、明らかに年上の姿もある。手に本を持って仰々しい身振りをしながら動き回っている所を見ると、たぶん演劇の稽古でもしているんだろう。時折聞こえる笑い声なんかは、以前のここではまず考えられなかったものだ。


 俺は途方に暮れてしまった。記憶にある過去の映像と目の前の現実とが、余りにもかけ離れている。

「マジか……。」

 そう言って、自嘲気味に笑った。そしてすぐ近くにあった石で出来たベンチに腰を掛けると、俺は思わず頭を抱えてしまったのだった。

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