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俺達に止まるように警告したのは、果たして誰だったのか。灯りを持った奴か、それともそれ以外の誰かなのか。ともあれこの国の人間の発音ではないからには、どうやらアタリと見ていいのだろう。
俺より一歩進んだ所で純夜は歩みを止めて、一言「約束の時間だ。」と言った。
未だに前方の連中の姿は見えない。ただ、小声でなにか話し合っている。分からない言語だけに、漏れ聞こえてくる声はただの異音にしか聞こえない。
少し経って話し合いが終わったのか、再び俺達の国の言語で声がした。
「名前ハ?」
「蘇芳純夜。」
「約束の人間の名前ハ?」
「鳴神秀。」
純夜が答えると、連中の声が止んだ。なぜかは分からないが、かすかに……ざわついている?
「……そレは変ダ。名前が違ウ。」
「なんだって……?」
今度は純夜の明らかに焦ったような声がした。
何かアクシデントが? と言うより……そもそも、2人のやり取りはどうにも不自然な気がした。今回の件は純夜からの発信のはずなのに、話があべこべのような……?
ただ、今はそれを考えても仕方ない。俺は可能性のひとつを提示してみる事にした。
「蓮見丈、ならどうだ?」
俺の声に、純夜は勢いよくこちらを振り向いた。逆光で表情は見えないが、たぶん驚いているんだろう。そしてそれはどうやら前方の連中も同様だったようで、またまた何かを話し合い始めている。
やがて、今度は違う人間の声がした。こちらの言語に慣れているのか、さっきの声よりもはるかに喋りがスムーズだ。こいつが仲介人だろうか?
「さっきの鳴神とかいう名前はどういう事ですか?」
純夜はチラチラとこちらを伺っている。言いたい事は分かっている。まぁそもそも、これはこいつには答えられない質問だ。
「鳴神秀ってのは、こいつと一緒に仕事をしていた頃に使ってた名前だ。今は、蓮見丈と名乗ってる。」
「蘇芳サンは今の名前を知らなかった、と?」
「そりゃそうだろうな。この蓮見丈って名前は、こいつらに見つからないようにするために用意したものだからな。」
「……なるほど、わかりました。
それでは次の段階に移りましょう。」
男がそう言うやいなや、俺達の周囲に複数の灯りが点灯し、俺は眩しさで瞬間的に目を覆った。
手をヒサシ代わりにして目をしぱたたかせていると、ひとりの男がこちらに歩み寄ってくるのが朧げながらに分かった。
「初めまして。蘇芳純夜サン。私の名前は、分かりますね?」
その声に応じるようにして、純夜もまた、一歩進み出た。眩しくなかったのか、もう回復したのか、どちらにしても平気そうな様子だ。
「ええ。Mr・張王永(チョウ・オウエイ)。お目にかかれて光栄です。」
「私の方こそ。」
そう言って、2人は握手を交わした。
「……それで、横にいるのが、今回の。」
「ハイ。念の為に、顔を改めさせてもらいますよ。」
「どうぞ。」
張と名乗った男は俺の目の前までやって来て、顔を覗き込むようにしてきた。その顔は笑みを浮かべてはいるが、温かさや柔らかさなどは微塵も感じさせない。俺は瞬間的に、俺を捕まえようとしたあの黒服のリーダー格の男を思い浮かべて、身をこわばらせた。
続けて張氏はポケットから紙切れを取り出すと、それと俺とを見比べるようにして視線を行き来させ、満足したようにひとつ頷いた。
「どうやら間違いないようですね。」
「その手に持ってるのは、もしかして俺の写真か?」
「ハイ。」
「なんでそんなものを持ってるんだ?」
「それは……。」
しかし張氏が答えようとする前に、純夜が割って入ってきた。
「Mr・張。それより早く用事を済ませましょう。」
「……それもそうですね。」
張氏は、俺の質問よりも純夜の方を優先した。彼は先ほどの言語(おそらくは母語なんだろう)で後ろにいる連中に向かってなにやら話しかけた。すると、そのうちのひとりが奥の方へと小走りで消えていった。指示だとか命令といった類のものだったのだろうか。
そしてふと気付くと、4人の男たちが音もなく俺の周りを取り囲んでいるのが分かった。1人は俺の視線の先に。あとの3人は、背後に立っている。俺が逃げるのを警戒しているようだった。
俺の目がようやく光に慣れてきた頃、さっき小走りで駆けて行った男がこちらに戻ってきた。その手にはアタッシュケースを持っている。張氏はそれを受け取って地面に置くと、純夜の前で開いてみせた。
「これが約束の報酬です。」
「一応、確認させてもらいますよ。」
「ええ、もちろん。」
純夜はアタッシュケースの中から何かを取り出した。良く見ないでも分かる。あれは……札束だ。純夜は手にした札束を念入りにチェックしている。1つ戻して、また別の札束を取り出し……。
そうやって何度その作業を繰り返しただろうか。やがて純夜は声を押し殺して嬉しそうに笑うと、アタッシュケースを閉めて、大事そうに両腕で抱きかかえた。
「へっへへへ……。たしかに。」
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