33
蘇芳純夜との再会からちょうど1週間が経った頃、国外脱出の準備が整ったという連絡が俺の元に入った。そしてその夜――。
「どうだった? 良かったろ、ホテル暮らしは? それなりの部屋を用意させたんだぜ?」
会うなり純夜は得意げに言ってきた。
あの日、「ホームレスなんかされてたら連絡が取りづらい」という理由で俺の申し出を却下した純夜は、俺をビジネスホテルの一室に放り込んだ。
しかし翌日、奴は「セキュリティが……」とか何とか言って、今度はかなりグレードの高いこのホテルへと俺を連れて来たのだった。
「たしかに良い部屋だった。良い部屋すぎて、やっぱり何かの罠なんじゃないかって疑ったくらいだ。」
「はははっ。じゃあ、あまり羽は伸ばせなかったか?」
「……だいぶ伸ばせた。」
「あっはっはっ!」
俺の悔しそうな表情がツボだったのか、純夜は手を叩いて爆笑している。再会した時とはだいぶキャラが違うが、本来コイツはこういう奴だ。軽薄で、後先考えず、調子のいい、女好きのバカ。それがコイツなのだ。ヤクザになったとはいえ、人が本来持つ性質のようなものは、そうそう簡単には変わらないのかもしれない。
「さ~て、行くかぁ。約束の時間には充分に間に合うだろ。」
純夜は目の前に停めてあるブルーの軽を叩いた。自分の車だと仲間に見つかりやすいし面倒だからと、レンタカーを借りてきたらしい。
純夜の運転で、俺は目的地となる港へと向かった。
案の定、海外へと脱出する手段は船だった。詳しい話は聞かされなかったが、他の貨物船に紛れて出航すること、仲介人がこちらの言葉を話せること、それから、向こうの国に着いた後は、やはりこちらの言葉を話せるエージェントがいるので、そいつと話をして身の振り方を決めていく流れになるだろうという事だった。その他、何点か確認事項を話し合って、それ以外では特に会話はなかった。
「この辺でいいはずだけどな。」
純夜はそう言って車を停車させた。約束の時間まで、あと10分ほどある。
「ちょっと外で煙草吸っててくれ。電話するから。」
と、純夜が言った。俺はその言葉に従い、車から降りて、煙草に火をつけた。この国で吸う最後の煙草になるのかと思うと、感慨深いものがある。
ちょうど1本吸い終わろうかという頃に、連絡がついたのか、純夜も車から降りてきた。
「こっちだとよ。」
そう言って、俺の前をスタスタと歩き出す。俺は煙草を携帯灰皿(ホテルで買った)に捨てて、純夜についていった。
これからこの国を出ようというのに、俺の心の中は不思議に落ち着いていた。最期の最期で黒服の連中やヤクザ達に見つかってしまうかもしれないという想像が、そうさせているのかもしれない。
規則的に並べられてある無数のコンテナの間をすり抜けながら歩いていると、やがて小さな灯りが視界に入ってきた。灯りは少し不規則に動きながら付近を照らしている。機械ではなく、人の手によるものなんだろう。俺達はその灯りに照らされないようにと、傍にあったコンテナに背中を預けて身を隠した。純夜はコンテナから顔を少しだけ出して、灯りの方を窺っている。
「えーっと……。ちっ、光が反射してよく見えねえなぁ。」
なにやらぼそぼそと小声で文句を言っている。
「なに見ようとしてるんだ?」
「目印。あー、あれかな。なぁ、あれって、でっけえフォークリフト……だよな?」
促されて、コンテナから顔を出して見てみると、たしかに灯りの近くにやたら大きなフォークリフトが置いてある。俺は再びコンテナの陰に身を隠し、声を潜めた。
「たぶんそうだと思う。」
「よっしゃ。じゃあ、行くか。」
「あぁ。」
事ここに至っても、俺の心はまだ落ち着いたままだ。純夜はと言うと、なにかそわそわしているように見えた。緊張というより、高揚している感じだ。そのせいか、歩くスピードがさきほどよりも少し上がっている。だが俺は、特にそれに合わせるでもなく歩いていった。
灯りの方に近づいていくと、どうやら向こうもこちらに気付いたようだ。灯りが俺達の方に向かって固定された。
「止マレ。」
その声は、この国の人間の発音によるものではなかった。
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