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香坂健早(コウサカケンゾウ)博士。ワケの分からん研究をしているクソジジイだ。
頭の真ん中のラインだけ禿げ上がって、サイドの白髪は伸び放題。縁なしの丸眼鏡とよれよれの白衣を身に着けて、常にニヤニヤと笑みを浮かべている。
どこからどう見てもマッドサイエンティストにしか見えないし、実際マッドだ。そうでなければ、不測の事故だったとはいえ俺にあんなおかしな能力が身に着くわけがないし、そんなとってもカワイソウな俺に対してまるで気遣う事もなく、むしろ興味津々で調査しようだなんて思うわけがない。……気遣われても、それはそれで気持ち悪いだけなんだが。
それに、俺が殴られ屋なんて仕事を始める事になったのも、元はと言えばこのジジイの指示だったりする。要は人体実験だ。マトモな人間のする事じゃあない。
モニターを眺めていたジジイはこちらの方に向き直ると、手に持っていた食べかけのホールケーキを差し出した。……その手はクリームまみれである。
「よしゃ、来たな。ケーキ食うか?」
「いらねぇよ、っていうかそんな食い方すんじゃねえよ。きたねぇ。」
「ひょっひょっひょ。分かっとらんの、蓮見くんや。ケーキはこうやって、素手で食うもんじゃよ。」
そう言って、ジジイはケーキにかぶりついた。
部屋の中は、生クリームの甘ったるい匂いで満ち満ちていた。真ん中には作業台が置かれていて、たくさんの書類が散らばっている。どうやら “整理整頓”という言葉はこのジジイの頭の中にこれっぽっちも無いようだ。
そしてそれを証明するものがもうひとつ。床に、ホールケーキの入れ物が大量に散乱していた。たぶんその数は十や二十じゃきかないだろう。しかし……クリームの腐ったような匂いが全くしない所をみると、まさか昨日今日でこの量を食べたのか……?
そのジジイはと言えば、持っていたホールケーキの残りをいつの間にか完食してしまって、手についたクリームをべろべろと舐め回している。ばっちぃったらありゃしない。
「なぁジジイ。検査するならさっさとやっちゃってくれよ。クリームの匂いで気持ち悪くなってきた。」
俺は顔をしかめながら言った。
ガラス一枚を隔てた隣の部屋には診察台と、それを取り囲む物々しい機械の群れが置かれてあった。可動式の照明やらコンピューターやらマニピュレーターやら、他にも色々。
ジジイは隣の部屋の方をちょいちょいと指さして、手元にある書類の束をいじり出した。
ミラは俺の動きに先んじて、隣の部屋へと繋がる扉を開けた。
「服を脱いでそこに横になっていて。」
「……はいよ。」
ミラの持ってきたカゴの中に、脱いだ衣服をポイポイ放り込んでいく。もうここまで来たら恥ずかしいだの何だの言ってはいられない。とっとと検査を終わらせて、バーに行って酒を飲んでやるんだ。俺はパンイチの状態になると、診察台の上で仰向けになった。
やがて、ジジイが書類の束を持って部屋に入ってきた。さすがに手は洗ってきたらしい。
……ところで、なんだか前回よりも書類が分厚い感じがするのは気のせいだろうか?
「今日は検査多めだからの。いや~殴られ屋というのは良い思いつきだったわ。データが集まる集まる。」
俺の心の中を読んだかのように、ヒョッヒョッと笑いながらジジイは言った。そして診察台の脇にある機械をいじり始める。すると、俺の視界の端っこでマニピュレーターがピカピカっと点滅し、まるで触手のような動きを見せ始めた。その動きは、見ていてかなり気持ちが悪い。気持ちが悪いものではあるのだが……。それよりも……マニピュレーターのいくつかに……刃物のようなものがセットされているように見えるのは、一体……?
「ジジイ……。まさか、刃物なんて、使わないよな?」
「おぅ、よく気付いたのう。安心せぃ、ちょいっ!と切り取るだけじゃから。」
「切り取る!? ま、待て! それはいくらなんでもやりすぎ……!」
と、俺が抗議の声を上げようとしたその瞬間、ジジイは俺の口に何やらマスクの様なものを被せた……! 俺は、みるみるうちに自分の体から力が抜けていくのが分かった。
麻酔だ。
「さて、何から取り掛かるんだったかの~。」
ジジイは書類を一枚めくって目をこらすと、パチンと自分の太ももを叩いた。
「お~、そうじゃそうじゃ、精液の採取じゃ。」
……は? ……今、なんつった?
「なんじゃ蓮見くんや、パンツなんぞ履きおって。これじゃ採取できんじゃないか。」
「脱がします。」
ジジイの言葉に、即座にミラが反応した。
ちょっと待て。ど、どうなってんだ今回の検査は?! 今までこんな事なかったぞ!
俺は半分パニックになって、決死の思いで逃げ出そうとした。しかしそんな俺の意思なんかどこ吹く風。体はまったく動かない。口も動かない。声も出せない。目を閉じたくても閉じれない!
っていうか待て、ミラ、近づいてくるな。俺のパンツに手を伸ばすな。っていうかなんでこんな時まで無表情なんだお前は! やっ、やめてっ! ごめんなさい! 謝るから許して!
ちょっ! あっ! 脱がすな! たっ、頼む! 見ないで! 触らないで! ってか、勃たせるなら別の機会にして!!
やっ、やめてええええええええええ!!!!
……声にならない叫びを上げながら、俺の意識はブラックアウトしていったのだった。
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