5
時刻は深夜1時。店の中の喧騒を横目に、俺は酒を飲んでいた。解放感に包まれた楽しい酒というわけじゃあない。まだ一杯目だが、気分はほとんどヤケ酒である。
あの検査の日から約一週間。体の傷もほとんど癒えて、今日から仕事も酒も解禁だった。
それで、しばらく収入が無かったのもあって3発ほど仕事で殴られてはきたのだが……。スペシャルコースは無し、しかもそのうちのひとりが気に食わない奴だったこともあって、俺はまぁまぁ不機嫌だった。
「マスター、別のビールない? 度数高めで、あまりまったりしてないやつ。」
「そうだなぁ。海外のでもいいかい? 」
「それでいいよ。」
するとマスターは冷蔵庫から珍しいラベルが貼られた大瓶を取り出して、栓を抜き、ジョッキにビールを注いでいった。見事な黄金比がジョッキに形成されていく。
そしてそれを俺の目の前に置いたかと思うと、マスターは続けて、ボイルした数本のソーセージが乗った皿を出してきた。ソーセージと一緒に粒入りのマスタードが添えてある。俺はその皿を見てキョトンとした。
「なにこれ?」
「酒だけじゃ胃に悪いよ。これはサービスだから。」
「……優しさが染みる。」
「いつも多めにもらってるからね。」
「それでも嬉しい。」
俺の言葉に、マスターは指をこめかみにこすりつけるようにピッと返事をして、他の客の相手をしに行った。
さて、お初のビールだ。一口飲んでみる。……初めて感じる苦味だが、美味い。キレがあるのもあいまって、口の中で快感が弾ける。ほんの少しまろやかさはあるが、この程度ならほとんど気にならないし、何よりガツンと来る感じが気に入った。
続いて極太のソーセージを一本フォークで突き刺し、マスタードを乗せて口に運ぶ。
「あ~。美味い。」
俺の好きなパリッとした歯ごたえこそないが、肉厚のソーセージは食いでがあっていい。あふれ出る肉汁と、マスタードのピリッとした辛みが、噛むごとにいい感じに混ざりあっていく。そして口の中に残った肉の味はビールで胃へと流し込んでやる。そして再びソーセージ。なんて素晴らしい永久運動だ。俺はこの快楽にしばらくの間、酔いしれた。
ビールを飲み終わる頃には、ソーセージはすっかり胃袋に収まっていた。
俺は、酒を飲む時にツマミは特に必要ないって考え方だったが、こうして何か食い物と合わせるのも案外悪くないもんだ。
さて、次は何にしようか。カクテルか? それともウィスキーか? 煙草を取り出しながら、そんな風な事を考えていると――
「ローザ・ロッサを。それからジンジャーエールを彼に。」
俺のすぐ近くから聞き覚えのある声がした。
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