第23話 エデル・バレラ

 朝方。公爵領に革命軍の一団が入っていた。

 リズやバンデルも後方の部隊として現地に入り、主力部隊を支援するよう命令を受け待機している。

 公爵領は思いのほか静かだ。こちらを警戒してもっと多くの警備兵がいると思っていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 最近は革命軍の内部情報が漏れることが相次いでいたため、今回の侵攻は直前まで一部の人間にしか知らせていなかった。

 そのことが功を奏しているのだろう。


「いくぞ!」


 将軍、ナラム率いる大隊が動き出す。リズたち後方集団も一斉に進軍。

 このペースなら正午には公爵家へと攻め込むことができるだろう。なるべく犠牲を少なくするために、早く決着をつけないと。

 この時、リズはそんなことを考えていた。

 自分たちの勝利は揺るぎないと。だが、彼女は知らない。

 この後起きる、最悪の惨劇を――


 ◇◇◇


 その日の正午に行われたコロシアムの試合。

 中級闘士の戦いとしては、近年で一番の盛り上がりとなっていた。


「さあ、待ちに待っていたこの一戦! 上級闘士になるため二人の闘士がしのぎを削る。まずは東口から、この男の入場だああああ!!」


 審判が指し示す入口から、一人の男が入ってくる。

 赤い短髪、切れ長の目、黒い皮鎧を着ているが、腕と胸の筋肉は見せつけるように露出していた。

 割れんばかりの歓声を浴びながら、右手を高々と上げる。


「連戦連勝で駆け上がって来た最強の‶拳闘士″! エデル・バレラーーー!!」


 審判の紹介にエデルは「しゃああああああ!」と絶叫した。

 親指で鼻を掻き、ニヤリと笑って西の入場口を見る。


「続いては、こちらも無敗! 仮面の闘士にして、その強さは上級闘士を超えるとも言われている謎の男、‶召喚士″ダーーーーーク!!」


 西口から入場してくる黒いマントの男。白い仮面と赤い巻き角が、異様な不気味さを醸し出している。

 二人の男が円形競技台に上がり、中央で睨み合う。

 口角を吊り上げ、エデルが声をかける。


「ダークさんよ。俺はあんたを尊敬してるんだ。あんたの強さは本物だからな、是非戦いたいと思ってた」


 意外に好感が持てる青年だと、ダニエルは感心する。角が無いことから混血種ハーフだということは知っていた。

 それで魔族以上の力を持つのだから、「凄いな」と感心させられる。


「君の噂は聞いている。私も戦えて光栄だよ。エデル君」

「はっ、そいつは嬉しいぜ」


 エデルが手を差し出してきたため、ダニエルは応じてがっしりと握手をする。力が強いので少々痛かったが、正々堂々とした闘士のようだ。

 お互い距離を取って、向かい合う。


「それでは本日の最終試合! エデル対ダーク! 始めえええ!!」


 審判の掛け声と共に試合が始まった。エデルが突っ込んで来るかと思ったが、腕を顔の前まで上げ、ファイティングポーズを取る。

 よく見れば全身に薄いオーラのような物が見える。あれが‶闘気″か。

 肉体を強化する魔法ではなく、技巧。攻撃、防御両面において、大幅な上昇をもたらすと言う。


「気をつけないとな」


 ダニエルは本を取り出し、中から数枚のカードを抜き取る。

 キラキラと輝く二枚のカード。宙に放り投げると光りに変わり、二体のモンスターが出現した。

 舞い上がる青い炎。上空で羽を広げたのは【蒼炎のフェニックス】。

 そして、もう一枚の召喚カードは――


「わーい! 出てこれましたーーー!!」


 ポンッと現れたのは翼の生えた少女【カンヘル竜】だ。

 Aランクの召喚獣が二体、戦力としては充分だろう。ダニエルはそう思い、エデルを指差す。


「行け、フェニックス! カンヘル竜は私を守れ!!」

「は~~~い!」


 カンヘル竜はふわふわと宙に浮きながら右手を上げ、ダニエルの正面に陣取る。

 フェニックスはバサリと羽ばたいた後、急下降してエデルに向かってゆく。一直線に襲いかかってきた炎の鳥を見て、エデルは口の端を上げた。


「上等だ!!」


 エデルが突撃してくるフェニックスを殴り飛ばした。衝撃で炎は雲散してしまう。


「炎の化身であるフェニックスを殴った!?」


 魔法以外ではダメージを受けない精霊種を素手で―― ダニエルは驚くが、エデルはそのまま突っ込んできた。


「ダーーーク! あんたを初めて負かすのは俺しかいねえ!!」


 オーラを纏った拳を振り上げるエデルだが、その前にカンヘル竜が立ち塞がる。


ご主人様マスターには指一本、触れさせないですぅ!」


 カンヘル竜は両手を前に出し、吹き荒れる‶風の壁″を作り出す。風圧でエデルの剛拳が止まった。「うぐっ!」と唸り声を上げ、押し戻されていく。


「はああああ!」


 カンヘル竜の叫びと共に、渦巻く風は竜巻へと変わり、遥か上空へと立ち昇る。

 さしものエデルもその場を飛び退き、体勢を立て直す。


「ハッ、さすがだぜ! そんな強えぇモンスター見たことねぇ。やっぱり、あんたは最高だな!!」


 上空では散り散りになった炎が集まり、再び青い炎の鳥が出現する。一直線に滑空し、エデルの足元に激突すると大爆発を起こした。

 倒したか? と思ったが、エデルは空中でひらりと舞い、着地する。

 すんでの所でかわしていたのだ。


「この男……、一筋縄ではいかないな」

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