第22話 嵐の前
フォートブルグ王国・王城。
王が鎮座する謁見の間に、三人の魔族が膝を折り、頭を垂れていた。
「面を上げよ」
重々しい王の言葉に、魔族たちは顔を上げる。それぞれが厳しい面構えで、ルドルフ王に視線を移す。
「ぬしらに来てもらったのは他でもない。革命軍が西の公爵領を攻めるという情報が入ったからだ。当然、迎撃の準備は進めているが、向こうには不可思議な力を使う者がいるらしい」
魔族の肩がピクリと動く。革命軍の本拠地を襲撃した際、返り討ちにあったことは誰もが知るところ。彼らもまた、敵に強力な戦士がいると聞いていた。
「万が一に備えて、ぬしらの内、一人を西に送ろうと考えておる。名乗り出る者はおるか?」
魔族の一人が頭を下げる。オールバックにした赤く長い髪、腰には飾りのついた立派な長剣を携え、白銀の鎧を纏う。
「剣神アキーレ……行ってくれるか」
「はい! おまかせ下さい」
アキーレは立ち上がり、「この剣にかけて」と腰の剣に触れる。この場に集まった三人の魔族は、‶魔神の加護″を受けた特別な戦士たち。
通常の魔族の戦士とは違い、桁外れの戦闘能力を持つと言われている。
「頼んだぞ、アキーレ。奴ら革命軍を血祭に上げよ」
「ハッ、必ずや!」
アキーレの鋭い目が、かすかに妖しい光を帯びた。
◇◇◇
革命軍、第二の拠点―― 王都の南西部にある古城跡に、革命軍のメンバーの多くが集まっていた。
その中にはリズ、バンデル、アズベルトの姿もある。
全国各地から精鋭の戦士たちも集結し、西の公爵領に攻め込む前の決起集会を行っていた。
将軍であるナラム、槍使いのネザル、魔術師イルミヤーと、オドニア最強の三戦士も当然の如く参加している。
彼らが立つのは朽ちた城内の舞台上だ。
目の前には二千を超える革命軍の兵士たち。侵攻に当たっては、最新式の魔導兵器も調達していた。
敵側の内部に潜入した仲間によって、国防軍の武器を流してもらっているのだ。
「いよいよ、明日。西の公爵領へと攻め込む。今までで最大の決戦となるだろう」
将軍ナラムの言葉に、辺りは静まり返る。いよいよかと、革命軍のメンバーたちは生唾を飲む。
「心配する必要はない。勝つのは我々だ! 明日には北からの援軍も到着する予定だ。我らが負ける要素などない!!」
「「「おおっ!」」」
男たちの低い雄叫びが響く。リズは周囲を見回す。兵士たちの士気は高く、誰もが革命の成功を疑っていないようだ。
――この攻略がうまくいけば、次は王都での決戦。本当に私たちが望んだ差別のない国が……魔族も
今まで夢物語だった社会の変革が、目の前まで来ている。
リズは思わず空を見上げた。瞳に熱いものが込み上げ、零れ落ちそうになる。
「リズ、ダークさんは本当に手を貸してくれないのか?」
バンデルが不安気な表情で聞いてきた。
「うん、ダークさんは今回手伝えないって。元々、積極的に革命軍の活動を支持してた訳じゃないから……しょうがないよ」
「でも……彼がいないと」
「大丈夫だよ。こっちには充分な兵力と、強力な魔導兵器があるんだから! ダークさんには一度助けてもらったんだもん。もう、充分でしょ?」
「ま、まあ、そうだけど……」
なんとか納得しようとしているバンデルの横で、アズベルトは腕を組み、難しい顔をしていた。
「どうしたんですか? アズベルトさん」
「う? うん、いや……嫌な噂があってな」
「噂……ですか?」
リズは首をかしげる。
「前々からあったのだが、王国には‶魔神の加護″というのを受けた特殊な戦士がいて、重要な戦局で必ず現れるとか。鬼の如き強さを持つ、まさに魔神と――」
「またまた……噂なんでしょ?」
「ああ、そうじゃ。噂にすぎん。私の取り越し苦労ならいいんだがのう」
暗い表情をするアズベルトにリズも不安を抱く。だが、それを振り払うように頭を振った。
「大丈夫、大丈夫、こっちにも最強の三戦士。ナラム、ネザル、イルミヤーがいるんだから。絶対に負けないよ!」
「うん……そうじゃな。すまんのぉ、余計ことを言って」
素直に謝ったアズベルトだが、リズの心には言いようのない不安が渦巻いていた。
◇◇◇
「明日は、コロシアムで中級闘士の試合だ。勝てば、とうとう上級闘士か……」
ダニエルは家の地下室でカードバインダーを開き、じっくりと眺めていた。翌日の試合に使う召喚カードを選ぶためだ。
「上級闘士になれば貰える報酬額も三倍になるし、がんばらないと」
今まで勝ち続けてきたダニエルだが、次の試合には少々不安があった。
それは明日戦う相手も不敗で勝ち上がってきた闘士。前評判もかなり高く、ダニエルとの賭けオッズもほぼ互角。
――相当、強いらしいからな。気をつけないと。
最初はいくらでもモンスターを召喚できたが、勝ち続けたことでコロシアムがルールを変更し、今は十体までしか召喚することができない。
持っていく召喚カードを、ダニエルは慎重に選んでいた。
「取りあえずAランクのカードは三枚持っていくとして、Bランクのカードは鬼武者と髑髏の騎士……グレート・ボアと竜人ズメウ。あとは……」
その日は夜遅くまで、頭を捻ることになった。
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