第21話 人間の存在価値

「ダニエル君! 頼んでおいた仕事が遅れてるじゃないか。一体どうなっているんだい!?」

「あ、あの……前にもお伝えした通り、その研究データをまとめるのは、かなり時間がかかりますので……」


 ダニエルが必死で所長のアウラに説明するが、アウラは聞く耳を持たない。


「言い訳かい、ダニエル君?」

「い、いえ……言い訳ではなくてですね……」

「まったく、口答えだけは一人前だ。そんな言い訳は、言われた仕事ができるようになってからにしてくれたまえ!」

「は、はあ……」


 散々小言を言われた後、ダニエルはようやく解放され、自分のデスクへと戻る。


「今日は一段と酷かったですね」


 隣からドナートが声をかけてくる。「本当だね」と返し、机の上にある書類と向き合う。

 所長が不機嫌なのは、国から兵器の改良や改修の要請が多いからだ。

 これは革命軍との戦いに無関係ではないだろう。ここ最近、国防軍が押されているという噂も流れてくる。

 上からつつかれ、アウラも相当ストレスを溜めているようだ。


「ダニエルさん。今日、お昼三人で食べに行きませんか?」

「え?」


 急に顔を出したのは、後輩研究員のデフリーだった。相変わらず三つ編みおさげがよく似合う明るい女の子だ。


「たまにはいいじゃないですか!」

「お昼か……そうだね。ドナートはどうする?」

「俺は全然いいですよ」

「じゃあ、決まりだ。今日は三人で出かけよう」


 ダニエルがそう言って、昼食を共にすることが決まった。


 ◇◇◇


 研究所は王都の中心地にあるため、その周辺には公益の施設や商業施設が立ち並んでいた。

 当然、多くの職員がおり、彼らの来客を見込んだ飲食店も乱立する。

 おいしいお店は目移りするほどあるため、今回はデフリーのおすすめのお店に入ることになった。

 とてもオシャレなお店で、若い子たちがたくさんいる。

 ダニエルとドナートは少し場違い感を覚えたが、デフリーは大はしゃぎで席を取ってくれていた。


「早く早く、こっちですよ」

「あ、ああ……」


 困惑するダニエルを他所に、デフリーは椅子に腰を下ろして、メニュー表を開いている。ダニエルの隣にドナートが座り、所在なく辺りを見回していた。


「ここはフォートブルグ王国以外の国の料理なんかも出してるんですよ! 私のおすすめは、隣国のパナイヤマの魚料理ですね。さっぱりしてて美味しいですから」


 嬉々として話すデフリーに、ダニエルとドナートは苦笑する。


 ◇◇◇


「でも、アウラ所長にはうんざりですよね! ダニエルさんが毎日怒られてるのは納得できません!」


 デフリーが千切ったパンを口に頬張りながら、プリプリと不満を口にする。


「まあまあ、文句を言ったって仕方ないよ。我々は人間だからね。魔族に逆らうことなんてできない」


 ローストされた鶏肉を切り分けながら、ダニエルは諦めるように呟く。


「まあ、デフリーが言うことも分かるよ。アウラ所長なんて魔族だから所長になれてるだけで、人間だったら誰も雇ってくれないよ」


 ドナートがケラケラ笑いなが言うので、ダニエルは「ドナート!」とたしなめた。

 だがデフリーは納得せず、白身魚のムニエルを口いっぱいに詰め込み、眉間に皺を寄せていた。


「最近、革命軍が政府を攻撃してるって言うじゃないですか。本当に革命が成功したら社会は変わるんですかね?」


 何の気なしに語るデフリーに、ダニエルは「しっ!」言い、指を口に当てる。


「滅多なことを言うもんじゃない! 魔族に聞かれたらどうするんだい?」

「大丈夫ですよ。誰も私たちの話なんて、聞いてませんって」


 明るく答えるデフリーだが、ダニエルは気が気ではない。人間が魔族を悪く言うなど、役人に見つかったら大変なことになる。

 三人は無事に食事を終え、店を出ることにした。

 それにしてもデフリーが革命軍に興味を持っていたなんて意外だ。ひょっとすると革命軍を応援している人間や混血ハーフ種は、思ったより多いのかもしれないな。

 そんなことをダニエルが考えていると、店の斜向かいから怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい、人間! テメー誰の靴を踏んでんだ!? ああんっ!」


 見れば体格の大きい魔族の男が、人間の若者に絡んでいた。震えあがって尻もちをついているのは、男女のカップルのようだ。


「どう責任取るつもりだ? 俺のお気に入りの靴が汚れちまったぞ!!」

「す、すいません。ちょっと余所見よそみをしていたもので……」

「ああ? 余所見だぁ、お前ふざけてんじゃねーぞ!!」


 若い男性は胸ぐらを掴まれ、苦しそうに顔を歪ませていた。

 この街では珍しい光景ではない。国の法律でも、人間は正当な権利を認めてられていない。

 つまり人間は、明確に魔族より下の存在なのだ。


「ねぇ、なんとかならないんですか!?」


 デフリーの訴えに、ドナートは「いや、無理だよ」と首を横に振る。それはそうだろう。魔族に楯突たてつこうとする人間などいるはずがない。

 だが、放っておくのも忍びないな……。

 ダニエルはデフリーとドナートから見えないように、内ポケットからカードを一枚取り出した。

 護身用にいつも持ち歩いているものだ。

 カードは光へと変わり、一匹のモンスターが出現する。Bランクの召喚モンスター

【★★★★★ モルフォン】。

 青と黒の色鮮やかな大型の蝶が優雅に羽ばたき、魔族の男の後ろに回る。

 六つの脚で背中を掴み、「な、なんだ!?」と驚く男を空中に持ち上げた。魔族はジタバタと暴れるが、羽から降り注ぐ鱗粉によって眠りに誘われる。

 静かになった男は、蝶によってどこかに運ばれていった。

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