第20話 決戦の足音

「ん? んん!?」


 ダニエルはそのキラキラと輝くカードを凝視する。目を擦り、もう一度改めて見てみる。

 

「……やっぱり‶魔王″って書いてあるよな」


 絵柄に描かれているのは一人の男。手足が黒く、ドラゴンのような翼を持ち、こめかみからは赤黒い巻き角が生えていた。

 間違いなく七つ星のモンスターだ。


「これが魔王サタン……確か数百年も前に、大賢者ベザレルを殺して国を壊滅させたとかなんとか……うろ覚えだけど、そんな話を聞いたな」


 ダニエルはもう一度目を皿にしてカードを見る。

 大きな槍をかかげる姿は、確かに強そうだ。もし召喚したら大変なことに……そこまで考えて、いやいやと頭を振る。

 召喚カードはあくまでモンスターの魔素を再構築して、それに近い召喚獣を生み出しているに過ぎない。

 つまり模倣品であって、本物ではないのだ。

 だから魔王と言えど召喚しても問題ないはずだ。……たぶん。……いや、きっと。自信はないけど……。

 ダニエルは『魔王のカード』を、そっと黒いバインダーにしまった。

 しばらくは使わないでおこう。正直な所、黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴンを使って以来、Sランクのモンスターを召喚するのが怖いと感じるようになっていた。


「まあ、こんなカード、そうそう使うことは無いだろうけど」


 ダニエルはそんなことを考えつつ、地下室を後にした。


 ◇◇◇


 フォートブルグ国防軍の大隊を撃破した革命軍オドニアは、勢いに乗って王国の西にある城塞に侵攻した。

 三日三晩に渡る激闘を制し、革命軍が勝利。城塞は陥落する。


「我らの勝ちだーーーーー!!」


 勝どきを上げたのは革命軍オドニアの将軍ナラム・バニパス。混血種ハーフの戦士で大剣を振るい、強力な魔法も操る。

 別の場所からも声が上がった。


「もはや国防軍は恐るに足りず。我らを止める者などいない!!」


 長い槍をかかげ叫んでいたのは、オドニアを支える三人の戦士の一人。神速の槍使いであるネザルだ。

 混血種ハーフであっても、その戦闘力は魔族を遥かに上回っている。


「この勢いのまま、北の公爵領にも攻め込むべきだろう」


 冷静に諭したのは、魔族の魔術師イルミヤーだ。魔族でありながら、革命軍に味方する変わり者で、作戦指揮にも関わっていた。

 三人の眼下には外壁が崩れ落ちた城塞と、数千にも及ぶ革命軍の兵士たち。

 誰もが興奮し、雄叫びを上げる。

 そんな兵士たちがピタリと静かになった。将軍ナラムのかたわらに、外套を着て深くフードを被った者が立ったからだ。

 顔は見えない。その者は手を上げ、兵士たちを制す。


「みなの者、今回の働き……大儀であった。其方そなたらの活躍が、この国の新たなる夜明けとなる」


 それはしわがれた老人の声だ。


「次はイルミヤーの言う通り……北の公爵領を落とす。それが成功すれば、いよいよ王城に攻め込む」


 その言葉に沈黙していた兵士たちは息を飲む。王族を打倒し、この国の体制転換を図ることは革命軍の悲願。それが現実味を帯びてきた。

 興奮する軍勢の端には、リズとバンデルの姿もあった。

 リズは立ち並ぶ兵士たちの合間から、将軍とフードの老人を覗き見る。


「あれが……革命軍オドニアの総帥そうすい! 初めて見た」

「アズベルトさんは幹部だから総帥には会ったことあるって言ってたけど、それでも顔は見たことないらしいぞ」


 声をかけてきたバンデルにリズは頷き、改めて総帥を見る。

 ――革命軍のトップが私たちのような末節のメンバーの前に現れた。……と言うことは、本当に決戦が近いんだ。

 リズは興奮すると共に不安も覚える。それは今までとは比べものにならないほど、大きな戦いになるのことを意味していたからだ。


「ダークさん……」


 無意識に零れたその名前に、リズは期待せずにはいられなかった。


 ◇◇◇


「あ~、今日も疲れた」


 残業を終え、研究所から家に帰って来たダニエルは、着ていた服を洗濯籠に入れて部屋着に着替えた。

 お湯を沸かして、ティーポットにお茶を入れる。

 ダイニングの椅子に座り、ティーカップに注いだお茶をちびちびと啜って一息ついた。少しのんびりしようと思った時、棚に置いてある洋紙皮が淡く輝く。

 リズと連絡を取る魔導具だ。


「また、なにかの依頼かな?」


 ダニエルは眉を寄せながら棚まで歩き、洋紙皮を手に取る。

 うっすらと文字が浮き出てきた。やはり、革命軍の戦いに力を貸して欲しいという内容だ。

 しかも次に攻めるのは西の地を治める大貴族、ヨーク公爵の領だと言う。

 ――こんな内部情報まで教えてくれると言うことは、私を相当信用しているのだろう。嬉しくもあるのだが……。

 ダニエルは複雑な気持ちになる。


「いくらなんでも、そこまでは手を貸せない」


 特殊なペンで洋紙皮に返事を書く。仕事が忙しいので、参戦できないむねを伝えた。

 公爵領に攻め込むなど、魔族との全面戦争を意味する。魔族が治める政府で働いているダニエルが魔族と全面的に戦うなど、絶対にありえない。

 あくまで安定して働きつつ、趣味であるカード集めたいだけなのだ。


「ごめんね、リズ」


 ダニエルは洋紙皮を棚に戻し、その足で地下室に向かう。

 本棚に並べられている黒いバインダーの一冊を取り、中から二枚のカードを抜き出した。

 七つ星の『黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン』と『魔王サタン』のカードだ。

 キラキラと七色に輝くプリズムのカードを机の上に置き、ダニエルは椅子に座って頬杖を突く。ふぅ~と感嘆の溜息を漏らした。


「やっぱり、かっこいい……キラカードは見てるだけで楽しいな」


 ダニエルの至福の時間は続く。 

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