第19話 太古の惨劇

「ま、まだ正確な情報が無く……どのような状況で我が軍が敗退したのかは、分かっておりません」


 オットー将軍は額に玉のような汗を掻いて王に説明した。

 事実、敗走して戻って来た兵士は極一部。その者たちも混乱しており、革命軍の本拠地でなにが起きたのか、正確に話せるものはいなかった。

 だが、ルドルフ王は当然納得などしていない。


「兵士の中には御伽噺おとぎばなしの絵本でしか見たことがない黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴンではないか、と言っているものがいたとか……相違ないか?」

「う、いえ、それは……」


 オットーが返事に窮し俯いていると、一人の老人が手を上げる。


「よろしいですかな? ルドルフ王」

「サキュラスか、申してみよ」


 うやうやしく頭を下げたのは、王国の宮廷魔術師サキュラス・レーヴだ。古くから王家を支える老齢の魔術師で、ルドルフ王からも絶大な信頼を置かれていた。


「神話級の魔獣が現れたという話は、私も聞いておりますが……そんなことは有り得ませぬ。まして革命軍に味方するなど」

「それは何故だ? サキュラス」


 王が怪訝な顔で問いかける。


「王は大賢者ベザレルをご存じと思いますが……」

「もちろん知っておる。八百年前に実在した伝説の魔術師だ」

「おっしゃる通りです。全ての魔術を極め、予言者としても、召喚士としても偉大な功績を残しました。故に‶大賢者″と呼ばれたのです」

「うむ」


 ルドルフ王は白い顎髭を撫でながら、納得するように頷く。


「その大賢者ベザレルが最後に試みたのが、神話級の存在を召喚すること。具体的には地獄の最下層、『コキュートス』に封印されている‶魔王サタン″の召喚です」


 円卓に座る大臣たちは、思わず息を飲む。魔族に取って【魔王】は特別な意味を持つ。魔族の頂点であり、伝説であり、神話でもある。

 太古の昔に封印されたとされ、誰もその存在を見たことがなかった。

 大賢者ベザレルが召喚を成功させるまでは――


「召喚は成されました。魔王は顕現したのです。ですが……」


 その後の出来事は誰もが知っていた。魔族の間に伝わる有名な逸話だからだ。


「暴走した魔王サタンにより、ベザレルは殺され、召喚の儀式を手伝っていた神官や魔術師も皆殺し。彼らがいたアリステリア王国の王城は消滅し、国もその大半が吹き飛ばされました。召喚の魔力が尽き、魔王が消えるまで殺戮は続き――」


 議場に沈黙が訪れる。サキュラスは一呼吸置いてから話を続けた。


「これが‶神話の怪物″です。黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴンも、魔王サタンと同格の化物。召喚することは極めて困難、まして操るなど夢のまた夢。革命軍が防衛に使ったなど、到底ありえませぬ!」

「うむ……確かにサキュラスの言う通りじゃ」


 王は得心し、オットーに目を向ける。


「戯言ではなく、なにが起きたのか徹底的に調べよ。オットー!」

「ハッ! 仰せのままに」


 オットー将軍が深々と頭を下げ、この日の会議は終了した。


 ◇◇◇


「ああ~……やっと終わった~」


 家の地下室にいたダニエルはテーブルに突っ伏し、ハア~と息を吐いた。

 一ヶ月に渡り召喚カードや魔石を買い込み、それを【魔導錬金装置】を使って強いカードへと変えていたのだ。

 それが今日、ようやく終わった。

 長机の上には、十一枚のキラキラと光る召喚カードがある。全て六つ星、Aランクのカードだ。


「さてさて、新しく作り出したAランク……この中から一枚だけ手元に残して、十枚はSランクカード錬成用に使わないと」


 ダニエルはじっくりとカードを吟味する。どれも美しくかっこいい物ばかりだ。

 しかし、十枚は手放さなければならない。


「う~ん……どれにしようかな。【堕天使アザゼル】に【魔神アモン】、【悪霊のパズズ】か……どのカードも魅力的だ。選ぶのが難しいな」


 頭を悩ませるダニエルだが、二枚のカードに目が止まる。


「この【巨人ギガンテス】は二枚あるのか……じゃあ、一枚は手元に残すか」


 これで手持ちのカードは――

 Sランクが一枚。

  【★★★★★★★ 黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン


 Aランクが四枚。

  【★★★★★★ 蒼炎のフェニックス】

  【★★★★★★ 金羊毛皮の守護竜】

  【★★★★★★ カンヘル竜】

  【★★★★★★ 巨人ギガンテス】


 うんうん、悪くない。と顔を綻ばせながら、ダニエルはギガンテス以外のカードを十枚の束にして、箱形装置の開口部まで持っていく。


「今回は装置を補強してあるし、前みたいに壊れたりしないぞ。頼む! いいカードに変わってくれよ!」


 ダニエルは祈るような気持ちで開口部にカードを入れ、目を閉じ、息を深く吸ってレバーを下ろす。

 装置はガタガタと悲鳴を上げ、明かりが点滅。フラスコに入った水が、ボコボコと沸騰して蒸発してゆく。カンカンカンと甲高い音を鳴らしていた。

 ダニエルは少し不安になりながらも、装置が正しく作動するか見守り続ける。

 蒸気は徐々に収まり始め、揺れも小さくなる。

 ――チンッ! 

 音と共に、開口部から一枚のカードが出てきた。ダニエルはゴクリと唾を飲む。


「せ、成功だ! 二枚目のSランクカード……」


 さっそく手に取り表を見る。だが、そのカードを見た瞬間、ダニエルは「え?」とつぶやき固まってしまった。

 思いがけないカードだったからだ。



【★★★★★★★ 魔王サタン】

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