第18話 興奮する報酬額

「ダニエル君! 今、何時だと思ってるんだい? 昼前だよ。君はいつから重役出勤できる立場になったんだい?」

「も、申し訳ありません! ちょっと寝坊してしまって……」


 出社したダニエルは、案の定、苛ついて待っていた所長のアウラに捕まってしまう。所長室に呼ばれ、いつも以上の叱責を受ける。


「寝坊!? はっ! みんなが働いている間、ゆっくり寝ていたという訳か。これだから人間は。仕事をもらえるだけでありがたいと思えないのか?」

「おっしゃる通りです。本当に申し訳ありません」


 ダニエルはひたすら頭を下げ続ける。ねちねちとしたアウラの説教は、一時間を超え、フラフラになった頃やっと解放された。

 自分のデスクに戻ったダニエルは椅子に座り、深い溜息をつく。


「大丈夫ですか? ダニエルさん。顔色が悪いですよ」

「ああ、大丈夫だよ。ありがとうドナート」


 隣のデスクに座る研究員のドナートが、心配して声をかけてくれる。


「それにしても珍しいですよね。ダニエルさんが遅刻するなんて」

「うん、まあ、色々あってね……」


 仕事に取りかかろうとしたダニエルたが、頭が回らなかった。あまりにも多くの異常事態が起こり過ぎ、脳の許容量を超えている。

 まず革命軍に肩入れしすぎたこと。

 そして国防軍の兵士を自分が倒してしまったこと。国に知られれば、完全に国家反逆罪に問われてしまう。

 最後はSランクカード……【黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン】の強さだ。

 まさかあれほど強いとは思っていなかった。完全に国家を滅ぼすレベルの魔導兵器だ。

 安易に使っていいカードじゃない。

 ダニエルは頭を振って机に向かう。仕事に取りかかろうとするが、どうにも頭がボーとして集中できなかった。

 ああそうだ、丸二日寝てなかったんだ。

 その日は一日中気だるさが抜けなかったが体に鞭打ち、なんとか乗り越えた。

 家に戻る頃にはさすがに動く気力もなくなり、ベッドに突っ伏し、枕に顔を埋ずめる。


「ああ、もうダメだ……このまま寝よう」


 夕食も取らず、風呂に入ることもなく、着替えもせずに微睡に落ちようとした時、棚の上に置いていた洋紙皮が発光していることに気づく。


「ん? リズからの連絡かな」


 ダニエルはむくりと体を起こして棚まで歩き、洋紙皮を手に取って表面を見た。

 うっすらと文字が浮かび上がる。それは今回の報酬に関してのことだった。


「え!? こんなに……? もらっていいのかな」


 提示されたのは年収の三倍くらいの金額だ。ダニエルは眠気も吹っ飛び、特殊なインクが出るペンを手に取る。

 洋紙皮に返事を書き込んだ。文字はスーっと消えていく、これで向こうに届いたはずだ。リズは「この金額でいいでしょうか?」と自嘲気味に聞いてきたが、ダニエルからすれば大喜びの額に他ならない。

 ――これで『召喚カード』がいっぱい買えるぞ! あと魔石も!

 ルンルン気分になったダニエルだが、重要なことに気づく。


「そうだ! こんなに金額が多いと、召喚カードの買い付けも大変になるな……」


 少し考えた後、ダニエルは再び洋紙皮にペンを走らせる。

 報酬の半分を使って革命軍に『召喚カード』を調達してもらおう。もちろん不審に思われないよう、王都外の場所からも仕入れてもらって……。


「召喚の研究のために必要って言えば、リズたちも納得してくれるんじゃないかな? ああ、それに魔石も買ってもらおう」


 しばらくすると、リズから承諾のメッセージが届いた。これで買い付ける召喚カードの半分は目途が立った。

 残り半分は独自ルートで調達すればいい。

 そう思いダニエルはウキウキした気分になった。全部を革命軍に買い付けてもらっても良かったが、自分で買って回るのもマニアからすれば楽しい作業だ。

 とは言え全部のカードを買い終え、そこから錬成していくとなると、かなりの時間がかかるだろう。


「全部終えるのに一ヶ月ぐらいは必要かな……まあ、気長にやろうか」


 ダニエルはそう考えつつ、ベッドに入って眠ろうとする。だが大量の召喚カードが買えると思うと興奮してしまい、なかなか寝付けない。

 結局、三日連続で徹夜することになってしまった。


 ◇◇◇


 フォートブルグ王国の王城。その日、各大臣を招集して緊急の会議が行われた。

 円卓に座るのは全て魔族。中央に座る国王、ルドルフ・コンラートは厳しい表情で口を開く。


「我が軍が壊滅したと聞いたが……それは本当なのか? オットーよ」

「そ、それは……」


 王の問いに、オットー将軍は言葉に詰まる。国防軍のトップである彼は、戦場での全責任を負う立場にある。

 革命軍の本拠地を突き止め、意気揚々と軍を送ったまでは良かったが、まさか全滅するとは夢にも思っていなかった。


「も、申し訳ありません! 私の失態です。どのような処分もお受けします!」


 王の対面に座るオットーが深々と頭を下げる。周りにいる大臣たちは、困惑した表情で成り行きを見守っていた。

 白く長い顎髭を撫でる王は、目を閉じてなにかを考える。

 よわい、百四十を超えるルドルフ王。人間よりも寿命が長い魔族とは言え、かなりの高齢であることは間違いない。

 長い髪は白く染まり、顔の皺も深く刻まれている。

 ゆっくりと瞼を開いたルドルフは、重々しく言葉を紡ぐ。


「革命軍が‶神話の怪物″を使ったと聞いたが……」


 その言葉に、会議場は緊張に包まれた。

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