第13話 風鳴りの竜

「はぁ……はぁ……追って来てないみたいだね」


 リズやバンデルは仲間たちと共に山頂を目指していた。兵士の追撃を警戒していたが、そんな兆候はない。


「ああ、本当にダークさんが食い止めてくれてるようだ」


 息も絶え絶えになりながらバンデルが呟く。魔光弾で撃ち抜かれた足の傷は思いのほか深く、引きずるように歩いていた。


「当然ですぅ~。マスターが負ける訳ありませんから~!」


 フワフワと飛んでいるカンヘル竜が、振り返って微笑む。そのかわいらしい笑顔を見ると、この子は本当に強いんだろうか? と心配になる。


「山頂まで行ったら、次はどうすればいいの?」


 リズがカンヘル竜に尋ねると、彼女は振り返ってニッコリと笑って答える。


「そんなの~、マスターがなんとかしてくれるに決まってるじゃないですか! 気にする必要なんてないですよぉ」


 カンヘル竜はそう言って前を向き、またフワフワと飛んでいく。

 完全にダークを信用しているようだ。強いモンスターは召喚すると狂暴性が増し、命令を聞かないようになると言われている。

 それを完璧に制御しているなら、ダークはかなり優秀な召喚士なのだろう。

 リズはそんなことを考えながら、夜の山道を登っていた。

 すると微かに草木が揺れる。


「なんだ?」


 バンデルが緊張した面持ちで辺りを見る。先ほどま静かだった山の空気が変わり、木々がざわめいていた。


「なにかいるぞ!」


 バンデルの言葉に、リズは息を殺す。全員が動きを止め、身を屈めるが、カンヘル竜だけは鼻歌を歌いながらフワフワと飛んでいた。


「カンヘル竜、危な――」


 リズが声を殺して叫んだ瞬間、カンヘル竜の前にが飛び出した。

 暗くてよく見えない。だけど大きい。

 

「う~ん、なんですか?」


 カンヘル竜は指を口に当て、目の前のを見上げた。

 五メートルを超える体高、長い胴体と鋭い牙。その黒く禍々しい姿を見た人間は、動くことができない。


「あれは……アぺプ!」


 バンデルが言った名前に、リズも反応する。


「アぺプ!? あの蛇が?」


 それはこの辺りに生息する大きな蛇のモンスターだ。だが、滅多に人前に出てくることはなく、リズも見るのは初めてだった。

 猛毒を持つと言われる蛇だけに、噛まれればひとたまりもない。


「カンちゃん! 危ないから離れて!!」

「カンちゃん?」


 カンヘル竜はキョトンとした顔でリズを見るが、「カンちゃん……いいですね」と言って、その呼び名を気に入ったようだ。

 そんなカンヘル竜に、アぺプは「シャアアッ!」と鳴き声を上げ、襲いかかった。


「でも大丈夫ですよ~。私はこの程度の魔物には負けませんから」


 カンヘル竜がふわりと手を振ると、風が舞い上がり、目の前に竜巻が発生する。

 渦巻く風に阻まれ、アぺプは近づくことができない。戸惑ったのか、ゆっくりと後ろに下がっていく。


「私は半径十メートル以内の風であれば、自在に操れるんですよ~。だから、こんなこともできるんですぅ」


 カンヘル竜は、まるでオーケストラの指揮者のように指を滑らかに振った。

 風の流れが変わり、鋭い音が耳をつんざく。耳を塞いだリズが顔を上げると、アぺプの体はバラバラに切り裂かれいた。

 魔獣はなにもできないまま、動くことのないむくろに変わってしまう。

 リズは絶句した。あんなにかわいらしい見た目なのに、その戦闘力は恐ろしいまでに強い。

 ――これが無敗の‶召喚士″ダークさんの召喚獣!


「おい、大丈夫か?」


 空から声が降ってくる。リズが見上げると、暗闇に羽ばたくグリフォンがいた。


「あ、ご主人様マスター! お帰りなさい」


 カンヘル竜が嬉しそうに宙を駆ける。ダークの周りをクルクルと回ると、頭を撫でられ喜んでいた。


「問題は無かったか?」


 ダークが尋ねると「はい、なんにもなかったですぅ!」と、カンヘル竜は大嘘をついていた。

 リズはアペプのバラバラの死体を見て、頭が痛くなる。


「あ、あのダークさん! 国防軍はどうなりました?」

「ん? ああ、もう全員片付いたと思うよ」

「片付いた……? あの数をですか!?」

「そうだ。もう、そろそろ戻ってくると思うが……」


 ダークが東の空に目を向ける。リズも同じく見上げると、夜空がわずかに明るくなってくる。

 夜明けにはまだ早い。リズはそう考えたが、光りの正体はすぐに分かった。

 輝く金色のドラゴンが、こちらに向かってきていたのだ。真上にドラゴンがさしかかると、ゆっくりと降りてくる。


「こ、これは……」


 ドラゴンは口に二人の人間を咥えていた。負傷した革命軍のメンバーだ。


「怪我人を連れてきたのか? 偉いぞ」


 ダークは守護竜の頭を撫でる。竜は負傷者を地面に置き、おとなしく伏せていた。それを見てカンヘル竜が不機嫌そうな顔をする。

 よく分からないモンスターの関係性に戸惑いつつ、リズはダークに声をかける。


「あ、ありがとうございます。ダークさん、仲間まで助けてもらって」

「しかし、助けられたのは二人だけだった……申し訳ない」

「いえ、そんな……」

「取りあえず、ここを離れよう。粗方の国防軍は追い払ったが、新たな援軍がこないとも限らないからね」


 ダークは小さな本を取り出し、中から二枚のカードを抜き取る。地面に放ると光りに変わり、二体のモンスターが出現した。


『★★★★ ロック鳥』

『★★★★★ ヒポグリフ』


 現れたのは大きな鳥と、グリフォンに似た召喚獣。リズを始め、革命軍のメンバーがモンスターに戸惑う中、ダークが口を開く。


「この人数ならギリギリ運べるだろう。さあ乗ってくれ、ここから脱出しよう!」

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