第16話 神話の怪物
「あれが革命軍、『オドニア』の本拠地か」
葉巻を加えながら丘の上の町を睨むのは、国防陸軍・第四大隊の隊長ギルバート。
叩き上げの軍人で、屈強な体や顔にはいくつもの傷がある。
煙を吐き出し、にやりと笑みを零す。長年探していた反逆者たちの根城。
内部にスパイを潜り込ませ、やっと本拠地を突き止めることができた。かなり武装していると聞いていたため、ここまでの戦力を投入したが……。
「ギルバート隊長、準備が整いました」
「ああ、分かった」
部下の報告に頷き、ギルバートは火のついた葉巻を投げ捨てた。
いささか過剰な警戒とも思えるが、反乱分子どもを逃がす訳にはいかない。上からも必ず撃滅せよとの厳命が下っている。
「昼までには終わらせるぞ」
「はっ!」
総勢二万の戦力が臨戦態勢に入る。ギルバートは高々と右手を掲げた。
「全軍前進! 攻撃を開始しろ!!」
大地を揺るがす大攻勢が始まった。
◇◇◇
「動きだしたか……」
魔導戦闘車両が土煙を上げながら向かって来る。それに合わせたように歩兵、軍事飛行船も前進してきた。
リズたちは町の倉庫に武器を取りに行ったので、この辺りに人はいない。
「しょうがない。研究所に遅刻しないためだからな」
ダニエルは手に持ったカードを、高台の上から空中に向かって放り投げる。
Sランクのカードは今まで使ったことがないため、ちゃんと召喚できるかは分からない。それに召喚できたとしても、モンスターが命令に従うかどうかも不明。
強いモンスターになればなるほど、人の言うことを聞かないのが普通だからだ。
数々の不安要素があるので、ダニエルは召喚をためらっていたが、ことここに至ってはそんなことを言ってられない。
投げられたカードは空中をヒラヒラと舞い、下へと落ちてゆく。
途中で光に変わり、キラキラと上空に昇っていった。なにか嫌な予感がしたダニエルは喉をゴクリと鳴らす。
晴れ渡っていた空は白く曇り、徐々に暗雲が垂れ込め、ゴロゴロと雷鳴が聞こえてくる。
辺りは暗くなり、その場にいた誰もが困惑し始めた。
「雲の上から……なにか来る」
渦巻く黒雲から、それはゆっくりと降りてくる。
特筆すべきはその大きさ。翼を広げた姿は、町全体を覆い尽くすほど。七つの頭があり、頭上には王冠をいただく。
子供の頃、親に読んでもらった本に出てきた神話の怪物。世界に終末をもたらすと言われた最強の竜。
「これが……
◇◇◇
「なに!? どうして急に暗くなったの?」
武器を取りに行っていたリズが仲間たちと共に戻ってくると、外は暗くなり遠雷が聞こえてくる。
異常な事態だが、さらなる異常さがリズの目の前に広がった。
「あ、あれは……一体?」
巨大な生物が空から降りてくる。翼があり、足と尻尾が見える。その特徴はドラゴンだが、あまりに大きすぎる。
後ろから駆けつけたアズベルトたちも、目を見開き唖然としていた。
「なにが起きてるの? まさか、これもダークさんが!?」
時同じくして大混乱に陥っていたのは、国防軍も同じだった。
部隊を任されていた隊長のギルバートは目の前の光景が信じられず、ただポカンと口を開けるしかなかった。
「なんだ、ありゃぁ……?」
見た目は竜だ。ギルバートももちろん竜なら見たことがある。召喚士が使う竜や、竜騎士が使う竜。
軍事に多種多様な竜が用いられることは珍しくない。
だが眼前にいる竜は、その何百倍の大きさがある。あんなもの、見たことも無ければ聞いたこともない。
ギルバートが困惑していると、部下の一人が声をかけてきた。
「た、隊長! あ、あれはもしや、
「はあ~?」
ギルバートは呆れてしまう。それは
「か、革命軍があの竜を操る方法を見つけたのでは!? だとしたら我々に勝ち目はありません!」
「バカを言うな! お前は御伽噺と現実の区別もつかんのか!!」
部下を叱責したギルバートは再び上空を見る。確かに図体はデカい。だが必ずしも強いとは限らない。
革命軍の用意した見かけ倒しの魔獣って可能性もある。
「飛空艇部隊に指示を出せ! あの竜に一斉攻撃だ!!」
「は、はいっ!!」
ギルバートの伝令はすぐに伝わり、竜に向かって飛空艇が動きだす。
「ヤツらに目に物見せてやる!」
◇◇◇
何十機もの飛空艇が一斉に向かってくる。
ダニエルはビクビクしながら、飛翔する竜を見上げた。この竜は本当に戦ってくれるんだろうか?
一抹の不安が頭をよぎった時、ダニエルの脳裏に直接声が響く。
『我を召喚したのは貴様か?』
「え!?」
『貴様は我に、なにを望む?』
――この竜もしゃべるのか!?
ダニエルは驚きつつも、竜の質問に答えた。
「あ、あのですね。あそこにいる軍隊を追い払ってもらいたいんですよ……」
ダニエルは向かってくる大隊を指差す。竜は七つの頭を動かし、眼下でチョロチョロと進んでくる虫けらを眺める。
『あれを追い払えばいいのだな?』
「は、はい! そうです」
鋭い牙の生えた口から煙を吐き出し、竜は『分かった』と重々しく告げる。
「良かった……引き受けてもらえて」
ダニエルはホッと胸を撫で下ろす。上位のモンスターが召喚者の言うことを聞かないのは珍しい話ではない。
実際、過去には何人もの‶召喚士″が、自分の召喚したモンスターに襲われ、命を落としている。
そう考えれば、この竜は意外にやさしいのかもしれない。
ダニエルがそんなことを思った刹那――
七つある頭の一つが口を開け、一筋の熱線を吐き出す。光の筋となった熱線は地平の彼方まで伸びると、竜はゆっくりと首を振った。
横に動いた光の筋は飛空艇に次々と当たり、カッと瞬いて爆発していく。
その数は二十機以上。半数近くの航空戦力が、一瞬で壊滅する。
そして熱線が進んだ先、遥か遠くに見えていた二つの山が、跡形も無く消滅した。
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