第33話 落とし物

「どこへ行く! 小童こわっぱ!!」

「ひいっ!」


 アキーレは恐怖の表情を浮かべ、必死に逃げる。プライドが高く敗北など知らない男だが、サタンとの実力差を見せられ心が折れた。

 もはや勝ち目がないのは明白だった。


「うわっ!」


 足がもつれ、転倒するアキーレ。それでも立ち上がり、懸命に逃げようとする。

 上空へ舞い上がったサタンは、アキーレの姿を見てふるふると首を振る。


「まったく、見苦しい。誇り高き魔族なら戦って死ぬべきだろう」


 サタンはそう言うと、右手を高々とかかげた。


「死ね! 万雷滅殺魔法アマル・ヴァジュラ!」


 降り注ぐ数多のいかづちがアキーレに襲いかかる。頭を押さえ、稲妻を掻い潜ろうとしたアキーレだったが、一発の落雷に背を打たれた。


「がはっ!」


 もんどりうって地面に転がる。体は痙攣し、立ち上がることもできない。

 そんなアキーレの首を、空から舞い降りたサタンがガシリと掴み、自分の顔の前まで持ち上げる。


「あ……あぅ……」


 苦悶の表情を浮かべジタバタと抵抗するアキーレだが、抗うことなどできようはずもない。

 魔王は興味深そうにアキーレの顔を覗き込む。


「そんなに苦しいのか? 俺様に傷をつけた時の威勢はどこにいった?」

「た、助け……」


 サタンは深くドス黒い笑みを見せる。


「魔王に赦しを乞おうなどと、笑えない冗談だな」


 サタンの手から黒い炎が噴き出す。炎は瞬く間にアキーレの全身へと広がり、空へ昇る巨大な火柱となった。

 辺りには断末魔の絶叫だけが響き渡る。


「さて」


 手についた灰をパンパンと叩きながら、サタンが振り返る。


「後はお前らか」


 サタンはギラリとした目でダニエルを見つめる。クツクツと笑いながら、黒い槍の切っ先を向けてきた。


「俺様に対して不遜な態度を取ったな、小童! それがどういうことか、じっくりと教えて――」

「戻れ」


 サタンの体は光の粒子に変わっていく。自分の変化に「なっ!?」と驚きの声を上げた魔王だったが、抵抗することはできない。


「なああああああああああああ!!」


 光りとなって弾け、空中にヒラヒラと舞うSランクのカードをダニエルはパシリと掴む。表面を見れば元通り‶魔王サタン″のカードに戻っていた。


「怖かったけど、簡単にカードに戻せたな。これならなんとか使えそうだ」


 カードを本型ホルダーにしまい、外套をなびかせて上空のリズたちに目を向ける。


「大丈夫か? こっちは終わったぞ」

「すごいよ! ダークさん、あの魔族を倒すなんて!!」


 リズはグリフォンの背から身を乗り出して喜ぶ。実際、魔王のカードが無ければ負けていただろう。

 取りあえず、危機的な状況は脱した。

 ダニエルはヒポグリフを召喚し、背に乗って空に飛び立つ。グリフォンに近づくと喜ぶリズに話しかける。


「とにかく、一旦王都に戻ろう。匿ってくれる所くらいあるんだろ?」

「はい、いくつか隠れ家がありますから」

「分かった。では、行こう!」


 グリフォンとヒポグリフは並んで飛行し、一路王都を目指した。


 ◇◇◇


 同日午後――

 公爵領周辺を国防軍の兵士が調査に回っていた。革命軍の残党を見つけ出すことが主たる目的だが、突然連絡を絶ったアキーレの捜索も兼ねていた。


「おい……この町……」


 国防軍の一個小隊が立ち寄ったのは、公爵領の南東にある小さな町だ。

 だが、その町の惨状を見た兵士たちは一様に押し黙る。幾人もの兵士が倒れ、町の住人も死んでいる。

 民家や商店も破壊されていた。周りにある木々は燃え、舗装された道も粉々だ。

 戦いがあったのは間違いない。しかし、敵である革命軍の死体はなかった。兵士の一人がしゃがみ込み、死体のネームプレートを確認する。


「お、おい! こいつら……」

「どうした?」


 別の兵士が近づいてくる。倒れていた兵士のプレートを見て、息を飲んだ。


「こ、これはアキーレ様が率いていた部隊……全員、死んでいるのか!?」


 生きている者はいない。兵士たちは慌ててアキーレを探した。だが、どれだけ探し回ろうと手掛かり一つ見当たらない。

 最悪の想像が脳裏をかすめる。


「ま、まさか……革命軍の連中にられたんじゃ?」

「バカを言うな! アキーレ様ほどの力を持つ魔族が、革命軍に倒される訳がないだろう!!」

「しかし、現に行方が分かってないんだぞ!? そのうえ革命軍には正体不明の化物がいると言われているんだ! 万が一だって充分あり得る!!」


 二人が揉めている間に、別の兵士がなにかを見つける。


「お、おい! ここになにか落ちてるぞ」


 兵士はしゃがんで、落ちている小さな金属を拾い上げる。周囲に部隊の隊員が集まってきた。


「なんだ、それは? 革命軍の物か?」


 一人の隊員が訝し気に尋ねる。金色に光るバッジのようにも見えるが。


「これは……カフスボタンだな。だが普通の物じゃないぞ」

「公務員が身に付ける魔道具じゃないのか?」


 政府の要職に就く公務員は、施設の出入りに‶魔道具″が渡される場合がある。

 それは施設によって異なっており、なんの魔道具かで、どこの部署で働いているか特定することができた。


「確か、カフスボタンは……」


 兵士たちは顔を見交わす。金のボタンを入館証に使う部署は一つしかなかった。

 ――魔道錬金研究所。

 ダニエルが働く職場である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る