第32話 魔王の力

 アキーレは剣を地面につき刺し、よろめきながらも立ち上がる。


「なにが……魔王だ。なめやがって!」


 全身に力を込め、胸を張る。アキーレの体から青いオーラが噴き出した。


「はあああああああ!!」


 アキーレの赤い髪は逆立ち、オーラは竜巻のように空へ昇る。

 サタンが「ほう、‶魔神の加護″か」と感心していると、剣を抜いたアキーレが全速力で斬りかかった。

 サタンは持っていた黒い槍で攻撃を受け止める。

 ぶつかり合う剣と槍、衝撃が広がり、稲光が弾けた。バチンッと大きな音を立て、アキーレが一歩下がる。

 体勢を立て直し、もう一度猛攻を仕掛けた。


「うおおおおお! 死ね死ね死ね!!」

「ハッハッハ、いいぞ小童こわっぱ! なかなか楽しませてくれる」


 サタンは楽し気に、斬撃を軽くいなしていく。

 オーラを纏った斬撃をどれだけ放っても、黒い槍に弾かれてしまうことにアキーレは焦り始めていた。


「おのれ……」


 剣を空にかかげる。振り下ろせば上空に残る黒雲から、一筋の光が落ちる。


雷撃魔法ヴァジュラ!」


 サタンのかたわらに雷が直撃した。プスプスと焦げる地面を見て、サタンは愉快そうに笑う。


「なるほど、雷の魔法が得意なのか。確かに魔族の中でも、‶雷″が使える者は希少だからな」

「知った口を!」

「奇遇だな、俺様も雷魔法は得意な方だ。見せてやろう」

「なに!?」


 サタンは黒い槍の切っ先をアキーレに向ける。その時、アキーレの背筋に悪寒が走った。

 今までに感じたことのない、おぞましい気配。

 剣を構え、オーラを全開にして相手の攻撃に備える。


黒雷滅殺迎撃魔法ヴァハグン・ヴァジュラ!」


 黒い稲妻が渦を巻いて襲いかかってくる。あまりの魔力にアキーレは一歩も動けない。稲妻はアキーレの体をかすめ、遥か後方へと抜けていく。

 右側の地面がえぐれている。

 アキーレは恐る恐る振り返った。そこにあったのは、どこまでも続くえぐれた地面。

 町の民家を破壊し、木々を薙ぎ倒し、遥か遠方にある山の峰を削り取っていた。考えられない威力に、アキーレは絶句する。


「ああ、いかん、いかん。久しぶりに使ったからな……力加減が難しいもんだ」


 サタンはケラケラと笑いながら矛先を眺める。

 そんな魔王を見て、アキーレは小刻みに剣を震わせた。


「なんなんだ。あのデタラメな威力は……こいつは一体……」

「ああ、すまん、すまん。貴様との遊びの最中だったな。俺様の魔法をもっと見せてやろう」


 サタンはそう言うと左手を前に出し、手のひらを上に向ける。

 チリチリと火花が散ったかと思えば、ボウッと黒い炎が広がった。手のひらの上で燃え上がる黒い炎を眺めて、サタンはニヤリと笑う。


「雷魔法と同じくらい‶火魔法″も得意でな。ゆっくりと貴様に味わわせてやる」


 アキーレの顔が引きつる。目の前の魔族が使っているのは、間違いなく黒い炎。

 黒い稲妻と黒い炎は、伝説に出てくる‶魔王サタン″が得意とする魔法だ。言いようのない恐怖がアキーレを包む。

 ――まさか……そんな、まさか!

 アキーレは離れた場所にいるダニエルを睨んだ。


「き、貴様! 一体……なにを呼び出したんだ!!」


 ダニエルを攻撃しようと踏み出した瞬間、アキーレの眼前に黒い炎が迫った。


「おいおい、どこ行くんだ? 貴様の相手は俺様だぞ」


 目の前に立つ黒い魔族の男。恐怖で息が止まりそうになるが、それを振り払うようにアキーレは剣を振るった。


「うわああああああ!!」


 だが、その渾身の剣を、魔王は何事もないように左手で掴む。黒い炎が剣身を覆い、業物の剣をドロリと溶かす。


「そ、そんな!?」


 完全に炎に包まれた剣を離し、アキーレは後ろに飛び退く。驚愕していると、追撃してきたサタンに殴り飛ばされた。

 二十メートルほど吹っ飛び、地面を転がる。「がはっ!」と血を吐いた後、自分の体に黒い炎が纏わりついていることに気づく。


「ああああ! くそっ!!」


 なんとか手で叩いて消し止めるが、そんなことをしている間に魔王は槍の切っ先を向けて突進してくる。

 アキーレは両腕をクロスさせ防御した。

 だが止められるような威力ではない。轟音と共に衝撃が走り、腕を貫いて槍が体に刺さる。

 鎧は砕け、肉体は引き裂かれた。

 稲光が走り、黒い炎も渦巻く。アキーレはまたしても吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転がっていった。

 ――つ、強すぎる……。

 腕は焼けただれ、体中は傷だらけ。魔法の攻撃も同時に浴びたため、アキーレの負ったダメージは深刻だった。

 魔族が持つ特有の肉体修復能力も、傷が深すぎてうまく機能しない。


「あ……うう」


 腕を押さえてなんとか立ち上がるが、黒い槍を肩に乗せた‶魔王″は、首を振りながらこちらに近づいてくる。


「なんだ、情けない。‶魔神の加護″があるんだろ? もっと俺様を楽しませろ」


 ふんっと鼻を鳴らして見下してくる。相手から溢れ出す途轍もない魔力を感じ、アキーレはガタガタと震え出す。


「ほ、本当に……魔王なのか!?」

「あん? はっ、そうだ。俺様が‶魔王サタン″だ。五つの【魔神の加護】を持ち、魔族の歴史上、最強と呼ばれた戦士よ!」


 それを聞いたアキーレは、一も二もなく逃げ出した。もはや自分が勝てる相手ではないと悟ったのだ。

 だが、それを見逃すほどサタンは甘くない。

 翼を広げ、地面を蹴って恐ろしい速さで飛び立った。

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