第29話 逃走者

 閑散とした町、オルソン。

 その一角にある寂れた飲食店に、リズとバンデルの姿があった。他の仲間とは散り散りになり、連絡も取れない。


「国防軍の兵士が町に入ってきた。あんたら二人は絶対顔を出すんじゃないぞ!」


 そう言って恰幅かっぷくのいい店主は扉を閉める。今いるのは飲食店の地下室。

 ここは革命軍『オドニア』の協力者が経営する店だった。公爵領の攻略に失敗したリズたちは、協力者である店主に匿ってもらっている。

 カウンターのすぐ脇にある隠し扉から地下に入り、バンデルと身を寄せながら息を殺していた。


「リズ、さすがにもうダメかもしれないな」

「なに言ってるのバンデル。これくらいのピンチ……今までだって何回もあったし、その度に切り抜けてきたじゃない」

「それは……まあ、確かに」


 バンデルは乾いた笑みを浮かべる。

 どれだけ酷い状況かは、リズも充分わかっていた。今回の攻略には革命軍の主戦力が投入されていた。

 その軍勢が、ことごとく倒されたのだ。

 オドニアの損失は計り知れない。フォートブルグ王国にはまだ多くの仲間がいるが、容易に立て直せるとは思えなかった。

 こんなことになったのも、あのやたらと強い男のせい。リズはギリッと歯を噛みしめる。


「あの剣士……あいつは一体なんだったの? 事前の調査ではあんな魔族がいるなんて情報は無かったのに」

「俺も分からないけど、国防軍には強い兵士がいるって噂は聞いたことがある」

「噂……? それって、どんな?」


 リズが顔をしかめる。窓の無い地下室で明かりもつけずにいるため、とても暗く、息苦しさも相まって不安が掻き立てられた。

 

「魔族の中には‶魔神の加護″っていう恩寵を受けて生まれてくる子供がいるんだ。その子供を幼少期から育てあげ、最強の戦士を作る。そんな噂が以前起きた大戦の時にあったんだ。本当かどうかは分からないけど」


 バンデルの話を聞いて、リズはゴクリと喉を鳴らす。


「もし、あいつがその戦士なら……」


 それ以上、言葉が続かなかった。革命軍で最強と言われた三人の兵士ですら、あの男にやられてしまったのだ。

 ――勝てるとすればダークさんしか……。でも、来てくれる見込みはないし、仮に来てくれたとしても、あんな強い奴に勝てるかどうか。

 そんなことを考えていると、上から言い争う声が聞こえてくる。

 店主が国防軍の兵士と揉めているのか……リズはなにもできず、隠れていることしかできない自分に腹が立った。

 かたわらに置いてある魔導銃に手を伸ばす。いざとなれば戦うしかない。

 そう思っていたが、バンデルが肩に触れ首を横に振る。戦った所で勝ち目がないことは分かっている。それでも――

 パンッと、一発の銃声が聞こえた。


「え?」


 外で言い争っていた声が突然消える。代わりに聞こえてきたのは、店に踏み込んでくる足音。

 ――まさか、店主のおじさんが殺されたんじゃ……。

 リズは空恐ろしい気持ちになり、魔導銃を体に引き寄せる。バンデルも顔を強張らせ、持っている魔導銃を構えた。

 敵が室内を物色し始めている。もう、戦うしかない。


「おい! 外が騒がしくなってるぞ」

「どうした!?」

「誰か来たようだ! 革命軍の援軍かもしれん!!」


 上にいた兵士たちが、慌てふためいて外に出ていく。リズとバンデルは顔を見合わせた。――援軍? この状況で来てくれる部隊なんて……。

 リズは出入口となる小さな扉を開く。地下室に光が入り、辺りの様子が窺える。

 バンデルと二人で這い出し、武器を構えながら歩く。


「リズ……あれ!」


 苦しそうにバンデルが呟いた先、自分たちを匿ってくれた店主が倒れている。

 リズから「うっ」と、小さな呻き声が漏れる。


「私たちを助けたせいで……本当にごめんなさい」


 その声はもう届かない。店主はすでに息絶えていた。


「リズ! 外でなにか揉めてるみたいだ。行ってみよう!」

「うん……」


 リズは後ろ髪を引かれる思いだったが、店主の遺体を残して外に出る。町の開けた場所に国防軍の兵士が集まっていた。

 なにかと戦っているようだ。


「うわっ!」

「そっちにいったぞ! 囲い込め!!」

「ダメだ、銃が効かん!」


 見れば兵士たちの周りを大きな鳥が飛び回り、足元からはゴブリンの攻撃を受けている。そうかと思えば大きな熊が襲いかかってきた。

 兵士たちはパニック状態で魔導銃を乱射している。


「あれって……」


 リズが困惑した顔をしていると、バンデルが「あ! 見ろ、リズ」と空を指さす、言われるまま空を見上げれば、そこには羽ばたく獣がいた。

 何度か見たことのある幻獣のグリフォン。そして、その背に乗っていたのは――


「ダークさん!!」


 間違いない。白いマスクに赤い角、黒い外套をマントのようになびかせている。

 ――来てくれたんだ! 私たちを助けに!!

 ダークが上からなにかを放り投げる。空中でキラキラと舞い、光りが弾けて三体のモンスターがドスンと地上に下りる。

 一匹は大きな猪。一匹は大きな熊。

 そしてもう一匹は、狂暴そうなドラゴンだ。


「行け、グレート・ボア、鬼熊、聖マルガレータのドラゴン! 敵を排除しろ!」


 暴れ回る召喚獣により、国防軍は全員蹴散らされていった。

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