第28話 対の洋紙皮
ダニエルは帰宅し、衣装を入れた背嚢を置く。洗濯や食事の用意をしなければいけないが、なにもやる気が起きない。
上着を脱ぎ、そのままソファーに腰かける。
「疲れた……」
中級闘士最後の試合。ここまで苦戦するとは思っていなかった。
「エデル・バレラか……すごい闘士だったな」
これから上級闘士としてコロシアムで戦う以上、もっと強い闘士が出てくるかもしれない。現実的にSランクカードは使えないから、もっとAランクカードをたくさん集めないと。
ダニエルがそんなことを考えていた時、部屋の奥にある棚から光が漏れていることに気づく。
「うん?」
立ち上がり棚に近づく、光っているのは洋紙皮だった。
以前、リズを助けに行ったことを思い出す。洋紙皮を手に取り表面を見ていると、文字が浮かび上がってきた。
やはり、リズからのようだ。
「西の公爵領で、敵と戦っているのか」
短い文面だが、切迫感が伝わってくる。相手がかなり強く、味方が大勢やられているから助けてほしいという内容だった。
前回は確かに助けに行った。しかし今回は状況が違う。
西の公爵領は遥か遠方であるうえ、上級闘士になれたことで『召喚カード』を買うお金の心配がなくなった。革命軍の報酬には魅力を感じていたが、リスクとリターンが見合っているとは言い難い。
ダニエルはあくまで趣味を楽しみたいだけ。そのために多少の無理はしても、今の生活を壊したり、命をかけたりしたいなんて思ってない。
洋紙皮をそっと閉じ、棚に戻す。
「ごめんね。リズ……」
夜は静かに深まっていった。
◇◇◇
「ダニエルさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
翌日、朝早くに出社したダニエルを、ドナートが迎える。
ドナートはいつも早く来ているため、ダニエルは毎度感心していた。仕事の熱心さでいったら、この研究所で一番かもしれない。
「所長から言われていたレポート、まとめておきましたから」
「ありがとう。助かるよ」
ドナートからレポートを受け取り、席に着いて内容を確認する。ドナートは研究室に備え付けられたサーバーから、コーヒーを入れて持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう」
「所長がいないこの時間帯が、一番静かでいいですね」
コーヒーをすすりながら言うドナートに、ダニエルも「まったくだね」と笑いながら返す。
「そう言えばダニエルさん、知ってますか?」
「ん? なんだい?」
ダニエルは持ち上げようとしたティーカップを机に戻す。
「昨日、西の公爵領で革命軍の一斉蜂起があったらしいんですけど……」
ドキリと胸が鳴る。それがうまくいかなかったことは知っているが、その後どうなったかまでは知らない。
「革命軍……制圧に失敗して、ほぼ全滅したらしいですよ」
「え!? 全滅?」
ダニエルは唖然として聞き返す。
「ええ、そうみたいです。具体的に組織が壊滅したかどうかは分かりませんが、政府はそう発表してますよ」
目の前が真っ白になる。
――私が助けるのを断ったせいで、リズたちが殺されたのか!?
居ても立ってもいられず、勢いよく立ち上がった。そのせいで椅子がガタンと倒れ、隣にいたドナートが目を丸くする。
「ど、どうしたんですか?」
「ごめん! 急用ができたから、今日は帰るよ」
「ええ!?」
「所長にはうまく言っておいて!」
驚くドナートを残して、ダニエルは研究室を飛び出した。
◇◇◇
家に戻ったダニエルは、すぐに棚にある洋紙皮を手に取る。以前、浮かんでいたメッセージは消えていたが、この洋紙皮は
「リズのいる場所を示せ!」
ダニエルが洋紙皮の表面をさらりと撫でると、うっすらと地図が浮かび上がる。
「ここか!」
地図で指し示されたのは、公爵領の南東。オルソンという小さな町だ。
リズが生きている保証はない。それでも――
ダニエルはクローゼットに掛けてある黒い外套に袖を通し、白いマスクと魔王の角をつける。
カードを収納した本型ホルダーを手に取り、中を確認すると、ほとんどのモンスターが召喚できないことに気づく。
「そうだ。コロシアムで戦ってから、丸一日経ってない。Aランクカードは『ギガンテス』以外、全部使ったんだ」
ダニエルは歯を噛みしめる。Bランクも主要なカードは使用していたため、代わりのカードをホルダーに補充する。
「さすがに
ダニエルは一枚のカードを手に取った。七色に輝くプリズムのカード。
「魔王サタン……あんまり使いたくないけど、もしものためだ」
サタンのカードをホルダーに収納し、ダニエルは家を飛び出す。
街外れの寂れた一軒家に住んでいるため、ご近所さんの目を気にすることもない。
「来い! グリフォン!!」
Bランクのカードが光となり、キラキラと空に舞い上がる。大きな翼を持つ幻獣は、雄々しくダニエルの前に降り立った。
頭を垂れるグルフォンに飛び乗り、「頼むぞ!」と言って首を撫でる。
幻獣は「クエエエエ!」と鳴き声を上げ、オルソンの町へ向かって飛び立った。
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