第27話 虐殺
「君たちは外へ! ここは我々がやる!!」
ネザルが叫ぶと、リズは「あ、はい!」と言って部隊と共に部屋を出ていく。
残ったネザルとイルミヤー、そして魔導部隊は男を囲うようにゆっくりと広がってゆく。これでもう逃がすことはない。
ネザルは己が持つ長槍を、不気味に佇む男に向けた。
男は怯む様子もなく、静かに口を開く。
「お前たちか? 国防軍の大隊を消滅させたのは……」
「なに?」
革命軍の本拠地で起きた戦いのことは知っている。だが、ネザルは部外者による助勢としか聞いていない。
具体的にどんな者が助けてくれたのかは、彼らにも極秘扱いになっていた。
「ふんっ、だとしたらどうする!?」
「そうか――」
男は長剣を持ち上げ、肩に乗せた。ネザルの体が強張る。体から放たれるオーラは、間違いなく強者のそれ。
ナラムを倒したことからも、この男の強さは疑いようがない。
――先手必勝!
ネザルが飛び出す。速さにおいては、誰にも負けたことがない。
この一撃で倒す。ネザルが放った渾身の一突きだったが、貫く対象はそこにはいなかった。
どこに行った? そう思った瞬間、視界が暗転する。
ネザルの体から赤い鮮血が迸る。――斬られた!? 剣筋がまったく見えない。
気づけば男は後ろに移動し、魔術師イルミヤーの首を刎ねていた。なにもできないまま、命の灯火が消えていく。
「ば……かな……」
それ以上考えることもできず、ネザルの意識は遠のいた。
「ふんっ、こんなものか」
男は残った魔導士たちを、あっと言う間に皆殺しにした。興味を削がれたように、剣を鞘に納める。
「アキーレ様」
柱の陰から一人の男が顔を覗かせる。黒いローブを纏い、顔は見えない。
片膝を着き、
「邸内にいる者は全て始末いたしました。しかし公爵邸を囲むように、革命軍の部隊が三千ばかりおります。さらに北から増援が……いかがいたしましょう?」
「ふっ、知れたこと」
アキーレは
「皆殺しだ。一人たりとも逃がすな」
「御意」
黒いローブの男は静かに下がり、闇の中へと消えていった。
◇◇◇
「なんなんだよ! あの男!?」
バンデルが忌々し気に吐き捨てる。リズたちは闇に紛れて敗走していた。
ネザルやイルミヤーが来たので安心していたが、魔道具の『洋紙皮』による連絡が途絶えた。恐らく、返り討ちにあったのだろう。
今回の作戦は失敗だ。あんなに強い魔族が出てくるなど、想像もしていなかった。
街の至る所で火の手が上がる。仲間たちが襲われているようだ。
上空には竜を駆り、火炎の攻撃を行う兵士‶竜騎士″が何体も確認できる。それは国防軍が誇る最強の部隊でもあった。
「とにかく、逃げて他の部隊と合流しよう!」
リズは歯を噛みしめて、ひたすら走る。このままでは、北からくる援軍も被害を受けてしまう。
なんとかしないといけない。
リズたちは革命軍の別動隊と合流し、街を迂回して援軍の元へ行くことにした。
――彼らと合流して、体勢を立て直せば、被害を最小限に抑え込めるかも。
そう思ったリズだったが、そんな淡い期待はすぐに消えた。
「これは……」
リズたちは言葉を失う。千人近くはいたであろう援軍の部隊が、物言わぬ屍と化している。数えきれない骸の中に、一人の男が立っていた。
赤い髪に、銀の鎧。飾りの付いた美しい長剣。
見間違うはずなどない。公爵邸で革命軍の戦士を倒した敵。
「撃てええええええええええ!!」
部隊長の命令で、革命軍の兵士は一斉に魔導銃を掃射した。弾幕が張られ、男に襲いかかる。
だが、リズはこの男に魔光弾が効かないことを知っていた。
「待って、みんな!」
屍の中に立つ男の『瞳』が不気味に、そして妖しく光る。
弾丸を掻い潜り、当たっても物ともせず、男は剣を振るう。ただ、ひたすらに。
次々に斬り裂かれ、倒れていく仲間たち。リズは呆然としていたが、バンデルに手を引かれ、その場から逃げ出した。
あの男は強すぎる。勝てるとしたら――
「……ここまで来れば大丈夫だろう」
バンデルが息を切らし、小声で呟く。リズやバンデル、補給部隊の面々は建物の陰に入り、なんとか敵の追撃をかわしていた。
一息ついた所で、リズは懐から洋紙皮を取り出す。
「ダークさんに助けを求めてみる」
「ダークさんに? でも、来てくれるかな?」
「分からない。それでも頼るしかないよ!」
リズが悲し気に言う。バンデルも頷き、リズの考えに同意した。
特殊なペンで洋紙皮に文字を書き込む。気づいてくれない可能性もあるが、取りあえずはこれでいい。
「でも、助けにくるとしても時間がかかるぞ! それまではどうするんだ。リズ?」
「生き残った仲間を集めて、南の街道から東に抜けよう。あの男と竜騎士の追撃さえ凌げば、なんとかなる!」
力強いリズの言葉に、仲間たちも励まされる。部隊のリーダーとして、リズは信頼されていた。その信頼に答えて、全員を助けなければならない。
そんな使命感だけが、震える彼女の体を支えていた。
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