第30話 非情の剣

 敵の兵士が一掃されたのを確認すると、ダニエルが乗るグリフォンは、ゆっくりと地上に降りてきた。


「ダークさん!」


 リズとバンデルが駆け寄ってくる。


「無事だったか……良かった」


 ダニエルはホッと胸を撫で下ろす。ドナートの話では、革命軍が全滅しているような口ぶりだった。

 救助が間に合ったことは不幸中の幸いだ。


「怪我はないか?」

「いえ、私たちは大丈夫です。仲間はほとんど倒されてしまいましたが……」

「そうか」


 他の人たちはダメだったか、とにかくリズやバンデルだけでも逃がさないと。


「取りあえずグリフォンに乗ってくれ、ここを脱出しよう!」


 リズとバンデルは頷き、ダニエルが降りたグリフォンの背に乗る。

 さすがに三人は無理なので、ダニエルは自分が乗るためのモンスターを召喚しようと、本型のバインダーを取り出す。

 その時――


「おいおい、まさか国防軍の兵士が倒されたのか?」


 急に声が聞こえてきたので、ダニエルは視線を向ける。

 そこにいたのは一人の兵士。赤く長い髪の男で、銀色の鎧を身に纏う。腰には立派な長剣を携えていた。


「なんだ? あの男……」


 ダニエルが訝しんでいると、後ろからリズの叫び声が聞こえてきた。


「ダークさん! 逃げて!!」

「え?」


 気づけば男は剣を抜き、目の前まで迫っていた。驚いて取り出そうとした召喚カードを落としてしまう。

 カードは光の泡となってカッと瞬き『ロック鳥』へと変わった。


「おお、ビックリしたな。召喚か!?」


 男は冷静に言うと、剣を振り抜き、ロック鳥を真っ二つにする。召喚されたばかりのモンスターは、なにもできないまま光となって消えていった。

 ダニエルは後ろに下がり、本型ホルダーを開く。


「ダークさん、気をつけて! そいつは一人で革命軍の仲間たちを殺していったの、強さは他の兵士と比べものにならない!!」


 リズの言葉を聞いて、ダニエルの頬に汗が伝う。

 確かに只ならぬ雰囲気を持っている。まるでコロシアムで戦ったエデルのようだ。


「だったら半端なモンスターでは相手にならないか」


 ダニエルはホルダーから一枚のカードを抜き出す。今、唯一使えるAランクのカード。キラキラと輝くそのカードを宙に放った。

 激しい光が噴き上がり、巨大なモンスターが姿を現す。


「巨人ギガンテス! 目の前の敵を捻り潰せ!!」


 ドスンっと大地に降り立ち、唸り声を上げながら両腕を上げる。全身が岩でできた二十メートルほどの巨人。

 眼下にいる兵士に向かって拳を振り下ろす。

 剛拳が地面に衝突すると、爆発したような音が鳴り、土砂が舞い上がる。

 

「どうだ……?」


 ダニエルが袖で口を押さえつつ、土煙が広がる場所を睨む。

 だがその場所に男はいない。どこにいった? と思い、ダニエルは辺りを見回す。


「すごいな~、これが召喚獣か」


 男が平然とした顔でギガンテスの足元を歩いていた。ダニエルはゾッとする。

 その男は剣を肩に乗せ、余裕の表情でこちらを見る。


「ああ、お前か。革命軍の本拠地で我々の軍を全滅させたのは……なんだったかな、とても強い召喚獣を出せるんだろ?」


 ギガンテスはゆっくりと体勢を変え、もう一度腕を振り上げ、岩の拳を男に向かって叩き落す。

 男に当たる刹那、一筋の光が煌めく。

 ダニエルはなにが起きたのか分からなかったが、空からなにかが落ちてきた。地面に激突したを見て、血の気が引く。

 ギガンテスの腕だ。

 ――この男、一太刀で巨人の腕を切断した! 化物か!?


「なんだ、なんだ!?」

「いつまでドンパチやるつもりなんだ?」


 町の民家から住人が出てくる。オルソンは魔族ではなく、人間が住む町だ。

 厄介事に巻き込まれないように家から出なかったのだろうが、あまりに長引いているため様子を見に来たようだ。

 そんな人間を見て、魔族の男は鼻を鳴らす。


「ふんっ、薄汚い人間どもか……まあいい、まとめて消えろ」


 男は高々と剣をかかげる。すると剣から光が伸び、上空に小さな雷雲が渦巻く。


「死ね」


 降り注ぐ数多のいかづち、リズとバンデルを乗せたグリフォンは寸での所で稲妻を避け、ギガンテスはダニエルを守るために残った左手で覆う。

 岩でできた巨人に雷は効かない。

 だが、表に出てきていた生身の人間は違う。


「ぎゃああああ!」

「うわああああ!」


 雷の直撃を受けた人々は悲鳴を上げ、次々に倒れていく。家は燃え上がり、町並みは破壊されていった。


「やめて!!」


 リズが悲痛な叫び声を上げる。雷が収まると、生き残っているのはダニエルたちだけだった。


「どうして……あの人たちは革命軍と関係ない。それなのに……」


 リズが蒼白な顔で呆然とする。革命軍の協力者は飲食店の店主だけ、それ以外の町人はなにも知らない一般人だ。


「う~ん、革命軍と関係あるかどうかなど、どうでもいい。下等な人間種なのだから、死んだとしても問題はなかろう」


 悪びれることなく、男はそう告げる。本当に一切の罪悪感もなく言い放ったことに、リズは言いようのない恐怖を感じた。


「ギガンテス!!」


 ダニエルの叫びに呼応し、巨人は足を上げる。全体重を乗せた右足が、魔族の頭上から襲いかかった。

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