第6話 闘技場の戦い

 路地を抜け、大通りに出ると、そこには魔導力で動く『路面列車』が走っていた。

 二両で運行するそれほど大きくない車体。

 魔導力で動く乗り物は珍しく、一般に普及しているとは言い難いが、この王都ではいくつもの車両が運行していた。

 停留所で待っていると、カンカンカンと音を鳴らして列車がやってくる。到着した車両の扉が開き、ダニエルはタラップを踏んで中へ乗り込む。

 国家錬金術師は国から『路面列車』の乗車定期券が支給されるため、王都内の移動にはよく利用していた。

 しばらく走ると目的地に到着し、列車を降りる。

 見上げれば、そこには悠然とそびえ立つ円形闘技場があった。コンクリートの巨大な彫刻、何本もの太い柱があり、見る者を圧倒する迫力がある。


 闘技場コロシアム―― それは、いかなる者でも参加できる血みどろの戦場。


 ダニエルは闘技場の近くにある公園のトイレに向かう。個室に入ると、担いでいた背嚢はいのうを開け、中から衣装を取り出した。 

 黒い外套、白いマスク、魔族を模して作らせた特注の角。

 全身黒ずくめの格好に着替え、トイレから出て戦いの場へとおもむいた。


 ◇◇◇


「ああ、ダークさん。お待ちしておりました。今日の第四試合になりますので、準備をお願いします」


 コロシアムの裏口に立つ背の低い魔族が扉を開き、入ることを促す。ダニエルは足を進め、控室へと向かった。

 コロシアムには一切の身元チェックが無い。

 それはアンダーグラウンドにいる魔族であっても参加してもらうためだ。ここで求められるのは強さだけ。

 観客を盛り上げることのできる強い闘士が欲しいのだ。

 その考え方は、正体を隠したいダニエルに取って極めて都合が良かった。務めている研究所は副業禁止。

 それに強い召喚カードを勝手に作っていたとなれば、魔族に対する反逆の意思ありと思われ、捕まる可能性すらある。

 実際、今の国家体制に不満を持ち、暴動を起こすやからは大勢いる。

 そんなものと一緒にされては、たまったものではない。

 ダニエルの変装は、マスクや魔族の角を付けるという簡易なものだ。本来ならすぐバレてもおかしくない。

 しかし、今のところ変装が見破られる感じは無かった。

 なぜなら、このコロシアムに参加するのは、魔族か混血種ハーフだけ。人間が魔族に勝てるなど、誰も思うはずがない。


「ダークさん、出番です!」


 控室で待っていると、魔族の職員が呼びに来た。ダニエルは「分かった」と答え、外套をなびかせ部屋を出る。

 競技台のあるメインスタジアムに出れば、割れんばかりの歓声が起こった。


「待ってたぜ! ダーーーク!!」

「今日もお前に賭けてるからな、絶対に勝てよ!」


 大勢の鬼気迫る声が聞こえてくる。コロシアムの戦いは賭けの対象になるため、客の全員が身銭を切っていた。

 闘技台に上がると、対面には大柄の魔族が立っている。

 身の丈は二メートル以上あるだろう。スキンヘッドで立派な角を持ち、大きな金棒を手にしていた。


「おい! ちっちぇえの、最近調子に乗ってるみたいだな。お前の連勝記録は俺が止めてやるよ!」


 金棒を肩に乗せ、「ぐへへへ」と下卑た笑みを浮かべる。

 ダニエルはやれやれと思いながら、カードを収納した‶本″を取り出す。この手の相手に負けるとはとても思えない。

 本当は新しく手に入れた『黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン』を使いたいところだが、さすがにこんな所で使えば大騒ぎになるだろう。

 それにそんなカードを出さなくても、勝つのは簡単そうだ。


「それでは第四回戦、召喚士ダーク対、狂戦士アブジバルの試合――始め!!」


 審判の掛け声と共に、アブジバルはのっそのっそと近づいて来る。

 ダークは本を開き、三枚のカードを取り出した。

 ――Aランクのカードはほとんど無くなってしまったからな。Bランクのモンスターを召喚して押し切ろう!

 三枚のカードが宙を舞う。それぞれが眩く輝き、大きな召喚獣へと変わってゆく。


『★★★★★ ヴィネ』

『★★★★★ グレート・ボア』

『★★★★★ 竜人ズメウ』


 突如現れたモンスターに、アブジバルは身構える。


「行け! ヴィネ!!」


 先陣を切ったのは馬に乗ったライオンの戦士ヴィネだ。アブジバルに迫ると、片刃の剣で斬りかかる。

 アブジバルは斬撃を金棒で弾き返すが、大型の猪であるグレート・ボアの突進に対応できない。腹に頭が突っ込んでくる。


「おおおおおおっ!!」


 競技台の端まで追い詰められたアブジバルは、なんとかギリギリで踏み止まる。台から落ちれば、その時点で敗北だ。


「ぬおおおおお!」


 力づくでグレート・ボアを投げ飛ばす。低い唸り声を上げ、転がっていく大猪。

 ハァ、ハァ、と息を切らすアブジバルだが、頭上からなにかが飛んでくることに気づいた。


「なっ!?」


 細身の剣を構えた竜人が、軽やかに空を舞う。竜人ズメウの突き出すレイピアが、アブジバルの肩口に刺さる。


「ぐあっ!!」


 回り込んで走って来たヴィネが剣を振り上げる。アブジバルも防ごうとするが、間に合わない。

 剣が腕を切り裂く。

 アブジバルは顔を歪め、反撃しようとするが二対一の圧倒的不利な状況だ。


「き、汚いぞ! 堂々とお前が戦え、ダーク!!」


 泣き言を漏らすアブジバルに、ダークが「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「これが私の……‶召喚士″の戦い方だよ。それに文句を言うなんて、闘士として情けないんじゃないか?」

「ぐ……おのれ……」


 アブジバルが悔しそうに歯噛みしていると、起き上がったグレート・ボアが突っ込んできた。

 不意を突かれ、防ぐことができない。

 猪の突進をまともに受け、アブジバルはそのまま場外に吹っ飛ばされる。ゴロゴロと壁際まで転がり、バタリと大の字に倒れた。


「また勝ってしまった!! 勝者、ダーーーーーク!!」


 審判者の勝どきに、会場は沸き立った。三体のモンスターは光の泡となり、ダークの手に戻るとカードへ姿を変える。

 ダークは外套をひるがえし、興奮冷めやらぬ会場を後にした。

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