第5話 公式ルール

 国立錬金研究所が休みの日、ダニエルは背中に背嚢はいのうを担ぎ、召喚カードの専門店に来ていた。

 店には子供もいるが、ダニエルと同じくらいのおじさんもいる。

 改めて幅広い世代に人気なんだな、と感心させられる。


「やあ、ダニエル。今日はどうした?」


 店主のマシューが話しかけてきた。


「うん、上で遊んでいこうと思ってね」


 親指で天井を差し示す。店の上階は、召喚カードゲーム『キー・オブ・ソロモン』のプレイルームになっていた。

 階段を上り、開けた部屋に足を踏み入れる。

 そこにいた何人ものプレイヤーが、互いのカードを持ちよりバトルをしていた。

 年齢など関係ない。ここでは強い者が正しく、弱いものは否定される。まさに弱肉強食の世界だ。


「行け! ケルピー、あいつをぶっ飛ばせ!!」


 十二、三歳くらいの子供が大声で叫ぶ。彼が召喚したのは、毛並みの美しい中型犬だ。全身が青く、ピンッと伸びた耳がかわいらしい。


「受けて立つ! 出ろ、ハルピュイア!!」


 声高らかに言ったのは、五十代くらいの男性。召喚されたのは腕が鳥の翼のようになっている小さな女の子だ。

 足も鳥と同じ鉤爪で、空中に舞い上がり、鋭い足の爪で攻撃を仕掛ける。


「どっちもEランクのモンスター。相性的には、ハルピュイアが有利かな」


 ダニエルの言う通り、ケルピーは苦戦を強いられる。何度も足の爪で引っ掻かれ、最後には光りの泡となって、少年の元へと戻った。


「くそ~!!」


 悔しがる少年を見て、ダニエルは微笑ましい気持ちになる。

 カードゲーム『キー・オブ・ソロモン』は、互いに四十枚づつの山札デッキを持ちより対戦する。

 この山札デッキに入れることができるランクは決まっており、Cランクなら十枚、Dランクは二十枚。残り十枚は、EとFで構成する。

 普通に考えれば、よりランクの高いEランクのカードを入れるのが当然だが、相手との相性や、能力を考えてFランクを入れる場合もある。


「あ! ダニエルさん、来てたんですか?」

「ホントだ。ダニエルさんだ!」


 近くにいた子供たちが集まってくる。憧れの人を見るように、目をランランと輝かせていた。


「うん、今日はちょっとだけプレイをしていこうと思ってね」


 周りが色めき立つ。子供たちは自分と戦って欲しいと、全員が手を上げてアピールしてくる。それに混じって成人のプレイヤーも手を上げ出した。

 ダニエルは苦笑しつつ、一番積極的に対戦を求めてきた、十二歳くらいの少年と戦うことにした。


「じゃあ、行きますよ。ダニエルさん!」


 少年がゲームの始まりを意気揚々と告げる。少年とダニエルがいるのは、低い柵で囲われたフィールド。

 フロアの半分を占める広さで、両端に陣取ったプレイヤーの前には、腰丈ほどのテーブルが置かれていた。

 そのテーブルの上に持ち寄った山札デッキを置き、最初に五枚のカードを引く。

 ルール上、プレイヤーはそこから動いてはならない。


「召喚! コボルト!!」


 少年が持っていたカードをフィールドに投げる。カードは光に変わり、小さなモンスターが現れた。

 Dランクの召喚獣コボルト。頭は狼で、体は猿のような姿だ。

 すばしっこく動き回り、こちらに向かってくる。このゲームでは相手のモンスターを五体、先に倒した方が勝ちとなる。

 負けそうになればモンスターをカードに戻し、引っ込めることもできるが、カードを元に戻すと丸一日使えなくなってしまう。

 引っ込めたカードは山札デッキの横に置く。そして山札デッキが尽き、引くカードが無くなってしまえば、その時点で負けとなる。


「召喚、カーバンクル!」


 さっそく手に入れた新しいカードを使ってみる。対戦相手や周りの子供たちは目を見開いた。


「すげー! 新シリーズのレアカードだ!!」

「さすがダニエルさん! もう手に入れてたんだ」


 あちこちから聞こえる賞賛の声に、ダニエルは気を良くした。

 研究所では上司に頭が上がらず、後輩からは情けないと思われているが、ここでは誰もが尊敬してくれる。

 日頃受けているストレスも、綺麗さっぱり消えていくようだ。


「カーバンクル! コボルトを吹っ飛ばせ!!」


 カーバンクルの額の宝石が赤く輝く。一気に加速し、コボルトに迫った。

 コボルトも口から毒の霧を吐き出して応戦するが、カーバンクルには効いていない。赤い宝石が毒を浄化しているようだ。

 そのまま突っ込み、コボルトに頭突きをお見舞いする。

 コボルトは「キーーーッ」と絶叫しながら頭を押さえ、光りになってカードに戻ってしまった。

 モンスターは一定のダメージを受けると自動的にカードに戻ってしまう。

 その後も対戦相手の子供は、何体ものモンスターを召喚して必死に戦うが、結局、二十四ターン目でダニエルの勝利が確定した。


 ◇◇◇


「え~~~、もう帰っちゃうんですか?」


 ワンゲームしただけで帰ろうとするダニエルに、子供たちは不満の声を漏らす。


「あはは、ごめんね。この後、ちょっと用があって行かなきゃいけないんだ」


 ダニエルも後ろ髪を引かれたが、子供に別れを言って下階に下りる。

 カウンターに立つ店主のマシューに「また来るよ」と告げて店を出た。こうやって通常のゲームをプレイするだけでも充分楽しい。

 それでも、もっと強いカードが欲しいという欲求は抑え込めなかった。そして強いカードを手に入れれば、どうしても使と思ってしまう。

 ダニエルは担いできた背嚢はいのうに目をやる。

 中には黒い外套と魔族の角、そして白いマスクが入っていた。

 

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