第7話 混血種の少女

「おめでとうございます、ダークさん。こちらが今回の勝利報酬になります」


 報奨金を受け取るカウンターに行くと、待っていた魔族の職員が笑顔で布袋を差し出した。中にはかなりの金貨が詰め込まれている。


「ありがとう」


 ダークは革袋を受け取り、踵を返してその場を後にした。

 この一袋で月給の三倍はある。これで召喚カードがたくさん買えるな、とダーク、もといダニエルは微笑んだ。

 闘技場の裏口から外に出て、着替えるために公園へと向かう。

 その後はいつも通り、さっさと家に帰ろうと思っていたが、この日は様子が違っていた。


「あ、あの……ダークさんですよね」

「うん? え、まあ、そうだが……」


 突然声をかけられ驚いてしまう。視線を向けると、そこには一人の少女がいた。

 十代後半から二十代前半くらいの年齢。カジュアルな服装で帽子を被り、伏し目がちにチラチラとこちらを見てくる。

 なんの用だろう? と不審に思うが……。


「実はダークさんにお願いがあって」

「私に? なんだい一体……」


 ダニエルは嫌な予感がした。


「ダークさん、あなた……人間か混血種ハーフですよね?」


 心臓が跳ねる。額からは嫌な汗が滲み出し、言葉が詰まってうまく話せない。


「な、な、な、なにを根拠に……そんな、ことある訳ないだろ!」


 声が裏返った。少女は真っ直ぐにダニエルを見つめ、緊張した面持ちで口を開く。


「違っていたらごめんなさい。ただ、上位魔術が扱える者しかなれない‶召喚士″様が、こんなコロシアムに参加するのはおかしいんじゃないかと思って……」

「な、なんだ……そんなことか。私は色々事情があって出場してるだけだ! それより、君の方こそ混血種ハーフなんじゃないのか」


 少女は金色の髪に、かすかに赤い瞳、角こそ無いが、やや褐色がかった肌などは、いづれも混血種ハーフであることを示す特徴だ。

 魔族と人間の間に生まれた混血種ハーフは人間よりは尊重されているものの、魔族からはさげすまれていた。

 少女は俯いてモジモジしていたが、意を決したように再びダニエルを見る。


「はい、おっしゃる通り私は魔族の父と、人間の母の間に生まれた混血種ハーフです」

「そんな君が、私になんの用だい?」


 急に声をかけてきたのでダークのファンかと思ったが、どうやら違うようだ。


「じ、実は……」


 一呼吸置いてから、少女はキッと強い眼差しでダニエルと目を合わせた。


「実は、あなたに我々の組織に入って欲しいんです。ダークさん!」

「我々の組織?」

「はい、私が所属している組織は『革命軍オドニア』です。今の混血種ハーフや人間を蔑む魔族を打倒し、真に公平で平和な社会を造ることを目指しています!」


 ダニエルは気が遠くなる思いだった。『革命軍オドニア』は反体制派の中でも最大勢力の組織で、魔族たちがもっとも手を焼いていると聞く。

 主に混血種ハーフが中心となり、人間も参加しているらしいが……。


「いやいやいや、私には関係ない。関わらないでくれ!」


 ダニエルは少女に背を向け、立ち去ろうとする。だが少女は諦めず食い下がった。


「このままでいいんですか!? 混血種ハーフや人間はずっと差別され、まともな権利も与えられない。魔族じゃないあたななら分かるでしょう!」

「だから! 魔族じゃないなんて、一言も言ってないだろ!!」


 少女はしばし黙り込んだが、チラリとダニエルを見て言った。


「……その角、偽物ですよね」


 ドキリと心臓が高鳴る。完璧に魔族に似せて作った角なのに。


「な、な、なぜ、そう思うんだ!?」

「だって……そのこめかみから生えた捻じれた角って、五千年前にいた魔王の角ですよね。魔族の間では人気ですけど、実際に生えてる魔族なんていないですよ」

「え、そうなの!?」


 痛恨のミスだった。角を特注する際、なるべくカッコいいヤツが欲しいと注文したため、業者が気を利かせて魔王モデルを作ったのか。

 そう言えば、こんな角を生やした魔族は見たことない。


「と、ということは他の連中も私に疑念を持っているのか!?」

「はい、多くの人たちはダークさんの事を混血種ハーフだと思ってるみたいですよ。混血種ハーフなのに魔族に勝つなんて凄いって、みんな言ってますから」


 衝撃的すぎて言葉が出ない。魔族のように振舞っていたのに混血種ハーフだと思われていたのか。


「ダークさん! 私たち『革命軍オドニア』と一緒に戦って下さい。あなたの強さは闘技会場で何度も見ました。あなたこそ我々が求めていた戦士です!!」

「勝手なことを言うな。私には関係ないし、興味もない」


 そう言い切ったダニエルは、足早に歩き出す。

 ――変なことに巻き込まれるのはゴメンだ。さっさと帰らないと……。


「本当にいいんですか? このままで」


 後ろから少女の声が聞こえるが、無視して歩き続ける。魔族の体制に不満があるのは分かるが、今の安定した生活を捨てるつもりはない。

 

「私たち混血種ハーフの権利はずっと制限されて、自由にものも言えないんですよ!」


 ――どうでもいい。そもそも私は混血種ハーフですらない。もっと自由が制限されている人間だ。だが公務員である以上、国に文句など言える立場にない。


「……それなりの報酬は出しますよ」

「ん? 報酬?」


 その言葉に、思わず反応してしまった。

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