第47話 革命軍の総帥

 遥か上空まで伸びた光は、渦巻く雲を呼び寄せる。

 ゴロゴロと雷鳴を轟かせ、落雷が何度も地面に喰らいつく。夜であるにも関わらず、不気味な明るさが周囲を照らした。

 リズは目を見張る。

 これは一度見た光景。革命軍の本部にダニエルを連れて行った時、思いがけず国防軍の襲撃を受けた。

 その大軍勢をダニエルは超常のモンスターを召喚し、一瞬で退けた。

 雲がいびつに垂れ下がる。なにかが雲から下りてきているのだ。

 赤い稲妻がほとばしり、垂れ下がった雲が消えていく。

 現れたのは空に浮かぶ巨竜。全長は百メートルはあろうか、七つの首を持ち、その頭には王冠を頂く。

 広げた翼は空を覆うかのように雄大で、伸びた尾は大地につきそうなほど長い。

 鮮やかな赤い鱗は、夜であるにも関わらずハッキリと見て取れる。まるで体そのものが発光しているかのように。

 竜頭の一つが、こちらを向く。


『我を呼び出したのは貴様か? なにが望みだ?」

 

 その視線は、間違いなくダニエルを捉えていた。ダニエルはふぅーと息を吐いてから、巨大な竜に話しかける。


「城の上に浮かぶ飛空艇を全部焼き払ってほしい。城には被害を与えないように……できるかな?」

『……それでいいのか?』

「ああ、それでいい!」


 竜は無言で首肯し、飛空艇に視線を向ける。大きな翼でバサリと羽ばたき、高度を取った。

 七つの首は真っ直ぐに破壊すべき対象を見据える。

 口をわずかに開き、その中に炎を溜めだした。リズは目を見開いたまま、両手で口を押える。

 飛空艇が焼き払われてしまえば、中にいるバンデルも消えてしまうだろう。

 例え遺体であっても、家族の元へ返してあげたい。そんなことをリズは一瞬思ったが、すぐに頭を振る。

 それは言ってはいけないこと。

 望んではいけないこと。ダニエルさんも分かっている。

 だからこそ、躊躇なく竜に命令したんだ。ここで決着をつけるために――


 ◇◇◇


「なんだ……あれは?」


 飛空艇の操舵室から外を見たルドルフは、あまりに異様な光景に息を飲む。

 垂れ込めていた雲は赤く輝き、雷光が大地を照らす。幻想的な船外の様子に目を奪われるが、そこに現れたのは七つ首の巨大な竜だ。


「あれは……まさか!」


 ――神話の怪物、【黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン】!!

 己の見たものが信じられず、ルドルフは絶句した。飛空艇に乗る兵士たちにも混乱が広がり、口々に恐怖の言葉を吐き出す。

 やがて竜は七つの首を飛空艇に向け、口に溢れんばかりの炎を溜める。


「うわああああ! もうダメだ!!」

「逃げろ! 殺されるぞ!!」


 操舵を握っていた兵士や、王を守る近衛兵も持ち場を離れ、次々と逃げ出してゆく。


「た、たわけが! ここは空の上だぞ!! 逃げる場所など――」


 王が激怒する中、滅殺の光が船を包む。身分の差も、種族の違いも、圧倒的な力の前では意味をなさない。

 七つの首から放たれた閃光は五隻の飛空艇を捉え、一瞬で木っ端微塵に破壊した。

 残骸は空中で蒸発し、後にはなにも残らない。

 光は地平の彼方まで飛んでいき、どこまで行ったのかは誰にも分からない。


 ◇◇◇

 

 周囲に大量の爆薬を落とし、殺戮の限りを尽くしていた五隻の船は、跡形もなく消えていた。

 もはや、空にはなにもない。


「……終わったの?」


 リズは信じられないとばかりに、呆然と立ち尽くす。

 ダニエルは空に浮かぶ竜に視線を向ける。竜もまた、ゆっくりとこちらを向いた。


『これでよかったか……我を召喚した者よ』


 竜は相変わらず、頭に直接響く声で話しかけてくる。

 ダニエルは「ああ、ありがとう」と礼を言う。それを聞いた竜は少しずつ光の粒子へと変わっていく。

 粒子は空に舞い、やがて竜の全身が光の泡となり消えていった。

 そして、一筋の光がまっすぐダニエルの手に落ちてくる。

 七つ星のカード『黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン』が戻ってきた。表面は灰色となって、色彩を無くしている。

 ダニエルは活躍した竜に感謝しつつ、カードを腰のホルダーに収納した。


「リズ、終わったよ」

「……ダニエルさん」


 ダニエルは白いマスクと赤い角を外し、素顔でリズを見る。


「私の役目はここまでだ。後のことは頼む」

「そんな! ダニエルさんは私たちのリーダーです。政権が代われば、指導的な役割を――」


 必死に訴えるリズの言葉を制し、ダニエルは首を横に振る。


「私はそんな器の人間じゃない、荷が重いよ」

「そんなこと……」


 二人が話していると、城の方から誰かが近づいて来る。最初は生き残った革命軍のメンバーかと思ったが、どうやら違うようだ。

 白い魔導服を着た集団。頭に角があるため、全員魔族だということが分かる。

 先頭にいた高齢の男性が、うやうやしく頭を下げた。


「ダーク殿、お初にお目にかかります。私はサキュラスと申す者」

「「えっ!?」」


 リズと声が重なる。サキュラスといえば、王国随一の魔導士だ。政治に大した興味のないダニエルでも、さすがに知っていた。


「あ、あなたが革命軍の協力者なんですか?」


 リズが恐る恐る尋ねる。サキュラスは王にも進言する国政の重要人物。それが革命軍の協力者など、とうてい信じられない。

 年老いた魔導士は、フォフォフォと顎髭を撫でながら楽しそうに笑う。


「協力者もなにも……この姿に見覚えはないかな?」


 そう言ってサキュラスは魔導服のフードを被る。顔が半分ほど見えなくなった時、リズは驚いて口をポカンと開けた。

 かつて一度だけ見た革命軍の総帥。その総帥も高齢な男性でフードを被っていた。


「ま、まさか……あなたが革命軍の……」


 顔を強張らせるリズの前で、サキュラスは朗らかな笑みを浮かべる。


「ああ、革命軍を作ったのは私だよ。お嬢さん」

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