第48話 新しい夜明け

「あなたが……」


 リズは驚愕してサキュラスを見る。


「王の圧政に反対でも、中からは変えることができなくての。それ故、外から変革を目指したのだが……」


 サキュラスは視線を落とす。


「革命は成った……しかし、多くの者が命を落としてしまった。それが、なによりも残念でしかたがない。全て私のせいだ」


 フードを下ろし、暗い表情を浮かべたサキュラスだが、リズは全力で首を振る。


「そんなことありません! あなたが革命軍を立ち上げてくれなかったら、私たちはなにも希望を抱けなかった。本当に……本当に感謝しています!」


 リズは込み上げてくるものを抑えながら、なんとか声を絞り出す。

 そんなリズを見て、サキュラスは小さく頷き、肩を優しく叩いてからダニエルの元へ歩いて行く。


「ダーク殿……いやダニエル殿だったか。あなたのおかげで革命は成った。深く感謝いたしますぞ」


 サキュラスはダニエルに向かい、深々と頭を下げる。

 ダニエルは「い、いえ」と言って慌てて手を振った。


「私は大したことはしてませんから……」

「なにを言われる。あなたの召喚した強力なモンスターがあってこそ、国防軍の戦力を排除できたのです。人間であるにも関わらず、神話級の怪物を召喚できるとは……いやはや、未だに信じられません」

「そ、それは、たまたまで……」


 ダニエルはなにか言い訳をしようと思ったが、なにも思い浮かばなかった。実際、強すぎるモンスターを召喚しているのは事実だからだ。

 ――とは言え‶魔導錬金装置″のことを知られると厄介かもしれない。そのことは黙っていよう。


「なんにせよ。あなたの功績は計り知れない。ダニエル殿、是非とも人間の代表として新たな政権に参加して下され!」


 真剣な眼差しでサキュラスに言われたが、ダニエルの答えは決まっている。


「申し訳ありません。リズにも言いましたが、政治は私に向いていません。どうか人間の代表には、適切な人を選んで下さい」


 リズは悲しそうな顔をするが、これが自分なんだとダニエルは微笑む。


「残念ですが、それがダニエル殿の決めたことなら尊重いたします。ところで、今後どうされるおつもりですか?」

「そうですね。仕事をクビになって、家もなくしたので、まずは生活を立て直す所から始めます」


 ダニエルはサキュラスやリズに頭を下げ、その場を後にした。

 自分の役割は終わったんだ。これ以上関わってはいけないだろう。しばらく歩いていると、山間から昇ってくる朝日が見えた。夜が明ける。

 フォートブルグ王国に新しい朝が来る。


「う~ん、ずっと歩いていくのも大変だな。なにかないかな?」


 ダニエルはゴソゴソと外套のポケットをまさぐり、カードの束を取り出す。

 使ってしまった物ばかりなので、全部灰色になっている。だが一枚ぐらい召喚してないものがあるかもしれない。

 そう思って探してみる。すると――


「あ! これ、使ってないぞ」


 【★★★ 浮きオオガエル】


 Dランクのカードで、ほぼ役に立たない。それでも空を飛べるモンスターなので、念のため持ってきていたのだ。

 

「来い! 浮きオオガエル」


 カードが光になって弾け、足元に大きなカエルが出現する。

 緑色で手足は短く、目玉をギョロッと剥いたモンスター。かわいいと思うかどうかは人それぞれだろう。


「オオガエル、私を街まで運んでくれ」

「……ゲコッ」


 カエルは一鳴きすると大きく息を吸い込み、プクーと膨れ上がる。

 体が徐々に浮き上がり、短い手足をバタバタさせていた。カエルの手を掴んで地面まで引っ張り、膨らんだ背中に腰を下ろす。


「あ! 意外に乗り心地はいいな」


 ダニエルを乗せたカエルはプカプカと浮かび上がり、風に揺られながらゆっくりと進んで行く。

 落ちないか心配だったが大丈夫そうだ。


「それにしても遅いな……まあいいか。もう仕事もないし」


 ダニエルはのんびりと時間をかけ、カエルと共に街を目指した。


 ◇◇◇


 国の体制が大きく変わってから、約一ヶ月。

 混乱が広がると思われた国政だが、サキュラスを始め元々内政を担っていた魔族が中心となり、今もとどこおりなく行われている。

 以前と違うのは、魔族・人間・混血種ハーフの代表者を集め、行政の重要ポストに任命されたことだろう。

 差別が完全に無くなった訳ではないが、それでも改善されたのは間違いない。


 王都からほど近い町、イプソニア。

 町の中央にある魔道具を製造する工場に、ダニエルの姿があった。


「ふぅ~」


 油まみれで黒くなった軍手を外し、ダニエルは一息ついて仕上げた装置を見る。

 魔導教本に魔法を付与する活版印刷機だ。一台製造するのもかなりの時間がかかるため、座っていたダニエルは立ち上がり、腰を伸ばす。


「う~ん、なかなか骨が折れるな」


 少し休憩を取ろうと思い、席を離れる。

 ずっと住んでいた街では、ダニエルが革命軍のメンバーだと言う噂が広まり、そのまま暮らすことは難しかった。

 そのためここで新しく生活することを決めたのだが、当然魔導研究所のような仕事はできない。

 それでも機械いじりは得意だし、周りもいい人ばかりだ。

 貯金もそこそこあるし、ここで何事もなく静かに暮らすのも悪くない。そんなことを考えながら工場内を歩いていると、正面から工場長が走ってくる。

 ダニエルのような中年を、工場に中途採用してくれたありがたい人だ。

 かなり太っていて、頭も禿げあがっているが、とても愛くるしい顔をしている。


「ダ、ダニエルくん!」

「どうしました、工場長?」


 工場長はダニエルの前で立ち止まると、両手を膝につき、ハァハァと肩で息をする。


「なにかあったんですか?」


 ダニエルが尋ねると工場長は顔を上げ、汗を拭って口を開く。


「ダニエルくん! 今、国のお偉いさんが来て、君に会わせて欲しいと言ってるんだ。なにかやったんじゃないのかい!?」

「い、いや、知りませんけど……」


 突然のことにダニエルは戸惑った。

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