最終話 穏やかな生活

 工場長に促され、ダニエルは工場の事務室に足を踏み入れる。

 普段来ない場所なので、キョロキョロしていると工場長から「こっちこっち!」と手招きされる。

 はいはい、と言って応接室に入ると、高級そうな貴族服に身を包んだ若い男性が待っていた。

 魔族でも、混血種ハーフでもない。間違いなく人間だ。

 金髪で端正な顔立ち。ダニエルは見覚えがなかった。


「やあ、ダニエルさん! 初めまして、私はトンプソンと申します」

「は、はあ」


 爽やかな笑顔で握手を求めてきたので、ダニエルもそれに応える。


「どうぞ、座って下さい」


 男性に促され、ダニエルは応接室のソファーに腰かける。

 黒い牛皮の高級ソファーだ。ふと見れば、工場長は部屋の隅に立ち、微動だにしない。気のせいか、顔が引きつっているように見える。


「ダニエルさん、私のことはご存じですか?」

「え? いや、申し訳ない。あなたのことは知らないのですが……」


 男性は柔和な表情で頷き「そうですか、ではこれを」と言って名刺を渡してきた。

 名刺など、本来エリートの魔族しか使わない代物。そんな物を人間が持っているのかと、ダニエルは珍しそうに受け取る。

 そこには『行政長官トンプソン・ゴルティモア』と書かれていた。

 

「え!? あなたが?」


 行政長官は国政のトップの一人であり、人間側の代表者のことだ。最近選ばれたと耳にはしていたが、名前までは知らなかった。

 私生活がバタバタしすぎて、新聞もまともに見てないせいだろう。


「ダニエルさん。あなたの功績は知っています。そして国政での役職を固辞されたことも」


 聞き耳を立てていた工場長が、目をしばたかせている。

 それでもなにも言わず、前だけを見つめている様子に、ダニエルは笑いそうになってしまった。


「その考え、今でもお変わりありませんか?」

「ありません」


 キッパリと言うダニエルに、トンプソンは微笑んだまま頷く。


「そうですか……では、これならいかがです?」


 トンプソンが懐から取り出した一枚の紙を、ローテーブルの上に置く。


「これは……」


 ダニエルは目を丸くする。それは思いもよらない就任依頼書だった。


 ◇◇◇


 魔導錬金研究所――

 朝礼の後、研究員たちは全員が立ったままなにかを待っていた。部屋の隅、所長室の前には大柄な魔族ガイゼンが立ち、辺りを見回す。


「あー君たちも知っているように、国政も変わり、この研究所の体制も大きく変わることとなった。私は引き続きここに残るが、所長ではなく副所長となる」


 ガイゼンは若干納得していない様子だったが、そこは役人。すぐになんでもないような顔をする。


「では、今日から就任された新しい所長を紹介する。入って下さい」


 研究室の扉が開く。入ってきた人物を、研究員たちが万雷の拍手で迎えた。

 ガイゼンの隣に立ち、かつての同僚たちの顔を見渡す。


「今日より魔導錬金研究所の所長を拝命いたいしました。ダニエル・アンバートです。もちろん、知っている人もいるでしょうが」


 いたずらっぽく微笑むダニエルに対し、同僚たちから声が飛ぶ。


「ダニエルさん、あなたが一番所長に向いてますよ!」


 ドナートが笑顔で発破をかける。


「ダニエルさん! 戻って来てくれて嬉しいです。感動です!」


 デフリーも嬉しそうに手を叩く。ダニエルは照れ臭そうに頬を掻き、立ち並ぶ同僚たちを見る。


「え~至らない所も多くあると思いますが、みなさんと一緒により良い職場を作っていけるよう、全力を尽くしますので、どうかよろしくお願いします!」


 ダニエルが頭を下げると、もう一度大きな拍手が起こる。全員に歓迎されたことがなによりも嬉しかった。

 ――また、ここに戻ってきたんだ。


 ◇◇◇


 所長室で書類に目を通すダニエルは、充実感に満ちていた。

 まだまだ慣れないこともあり、大変ではある。それでも自分がやってみたかった仕事や研究を、決定できる立場になれた。

 アウラが所長だった頃では考えられないことだ。

 ダニエルは座っているアームチェアに背中を預け、ガラス張りの所長室から、研究室全体を見渡す。

 職員の一人一人が、快活に楽しそうに働いている。

 これこそ自分が望んでいた職場だ。あとは家に帰り、またカードを集める生活ができれば、他にはなにもいらない。

 こんな穏やかな生活がずっと続けば。ダニエルがそんなことを考えていると――


「ダニエルさん!」

「えっ!?」


 所長室に飛び込んで来たのはリズだ。

 どうしてここに? とダニエルは驚いた。


「大変なんですダニエルさん!」

「ど、どうしたんだ、リズ?」


 研究員たちも何事かと立ち上がり、所長室に目を向ける。

 このままでは騒ぎになると思ったダニエルは、取りあえずどこかへリズを連れて行こうとしたが、リズはそれを拒否して頭を振る。


「ダニエルさん! 隣国のアイスオールとリベスタルが兵を上げて、このフォートブル王国に攻め込もうとしてるんです!!」

「え!? どうして?」


 突拍子もない話にダニエルは困惑した。


「人間と混血種ハーフが、魔族と共同で国の代表になったからですよ! そんな国は認めることはできないって」

「そんな……」


 フォートブル王国と周りの国は、全て魔族が治めている。もしこの国の体制を認めてしまえば、自分たちの政権も危うくなると思ったのか?


「そのうえ西の大国、ルグゼリアも兵を起こしたそうです!」

「え!? ルグゼリアまで……それも体制批判が理由なの?」

「い、いえ、それが……」


 リズは言いにくそうにしたが、意を決したようにダニエルを見る。


「ルグゼリアの都市が謎の攻撃を受けて半壊したそうです。その攻撃がフォートブル王国の方向から来たので、敵対行為とみなしたようで……」

「謎の攻撃?」

「夜明け前、閃光が突然街を消し飛ばしたとか。たぶんですけど――」

「あっ!?」


 ダニエルは気づいた。黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴンの攻撃だ! あの口から吐き出した閃光が、どこに行ったか分からなかったけど、そんな所に!


「ど、どうしましょう、ダニエルさん! 今、行政の人たちは上を下への大騒ぎになってますよ!」

「ど、どうしましょうって言われても……」


 ダニエルが望む穏やかな生活は、まだまだ叶いそうにない。



             〈おわり〉



――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんとか完走することができました! 最後まで読んで下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。

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