第39話 卑怯で薄汚い人間

 日が沈み始めた黄昏時。王城を望む小高い丘に、全国から集まった革命軍が顔をそろえていた。その数は総勢五千弱。

 集団の先頭に立つダニエルは、よくこんなに大勢が集結したなと感心していた。

 革命軍の兵士たちは足場の悪い傾斜に立ち、丘にいるダニエルを見上げる。

 視線を集めたダニエルは、緊張で喉を鳴らす。一つ息を吐いてから、大きな声を出した。


「革命軍の同士たちよ! よく集まってくれた。今日は我々にとって最後の戦いになる!!」

 

 辺りはシンと静まり返る。ヤジを飛ばす者などいない。

 誰もが、期待と緊張の入り交じった表情でダニエルを見ている。こんな大勢の前で演説をするのが初めてなので、足は震えていた。

 ――だ、大丈夫だ! 何回も演説の原稿は書き直したし、リズの前で何度も練習した。うまくできる……絶対にうまくできる。

 何度も心の中で反芻し、自分を落ち着かせた。


「もちろん! 今日で我々が勝利し、この戦いを終わらせる! そのためには全員が一致団結することが重要だ!!」


 王城をどう攻めるか、幹部会議で侃々諤々かんかんがくがくの議論が交わされた。

 三方に別れて攻め込む、や、精鋭を数人潜り込ませる。王城の補給路を断ち、消耗戦にもち込ませるなど、いくつかの案が出た。

 だが、どれも決定力に欠け、否定的な意見が多く上がる。

 相手はこちらが攻め込んで来るのを分かっており、戦力も数段上。小手先の策をいくらろうしても通用しないだろうとの判断だ。

 それにはダニエルも同意した。

 やるなら戦力を集中させた一点突破しかない。それが最終的な革命軍幹部たちの総意だった。


「今こそ我らを虐げてきた魔族に、聖なる鉄槌を下そうぞ! そのための剣となり矛となれ! 行くぞ、革命軍の同士たちよ!!」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」


 大気を震わす雄叫びが夜の丘にこだまする。

 もう後戻りはできない。ダニエルは暗闇に浮かぶ王城を見つめ、外套の内ポケットから一枚のカードを取り出した。


 ◇◇◇


「魔導騎兵の準備は?」


 王城の裏門に近くにある格納庫に、国防軍の総司令官ハワード・スタンレーの姿があった。

 銀の髪を後ろで纏め、カッチリと軍服を着た神経質そうな軍人。

 そのハワードが見上げる先に、魔力で動かすことのできる何体もの魔導騎兵が並べられていた。

 二十メートル以上ある人型の兵器は、鈍い光りを放ちながら静かに佇んでいる。


「ハッ! いつでも出陣できます」


 背筋を伸ばし敬礼する部下に、ハワードは満足気に頷く。

 各地から招集した大勢の兵士、充分過ぎるほどの魔導兵器、そして人外の力を発揮する魔導騎兵。

 これだけの戦力があれば、革命軍に負ける要素は欠片もない。

 ハワードは顎を上げ、鼻を鳴らす。


「いつでも来るがいい革命軍のゴミクズ共。ここが貴様らの墓場になる!」


 ハワードがほくそ笑む。同じ頃、正門がある城壁に二人の魔族が立っていた。


「……本当に正面から来るのだろうか?」

「報告を疑うのか? きっと来るさ」


 そこにいたのは国防軍の最高戦力、槍神エウリスと斧神オルガルだ。

 二人は腕を組み、遥か先にある山間の丘を見る。確かに多くの兵士がいる気配はするが、正面から向かって来るなど自殺行為。

 そんなことを本当にするのかと、オルガルは訝しがる。


「まあ、奴らにすれば最後の特攻なのだろう。受けて立つまでだ」


 美しい金の髪をなびかせたエウリスが、嘲笑を浮かべる。

 それとは対照的に、オルガルは厳しい表情を崩さない。黒い短髪、立派な顎髭、背はそれほど高くないが、ガタイの良さはエウリスを上回る。

 そんなオルガルが口を開いた。


「アキーレを倒した男……ダークだったか、そいつについてはどう思う?」

「あのコロシアムに参加していた人間か……アキーレが負けるなど信じられんな。なにか卑怯な手でも使ったんだろう」


 エウリスはフンと鼻を鳴らす。


「だが、魔力のない人間が‶召喚士″の力を持つなど異様なことだ。なにか秘密があるのかもしれんぞ」


 あくまで慎重な考えのオルガルに、エウリスはチッと舌打ちした。


「お前はいつも考えすぎだ。この戦力差を覆す方法などありはしない」


 エウリスは自信を覗かせる。

 今では革命軍の英雄のように扱われているダークだが、所詮はコロシアムで名を上げただけの半端者。

 生粋の戦士であるエウリスは、なんの脅威も感じていなかった。

 アキーレが殺されたのは革命軍の三戦士と戦った影響だろう。相当の強さだと聞き及んでいたため、相打ちになった可能性がある。

 それを自分で倒したと言って手柄にした。

 おおよそ、そんな所だろう。エウリスは、ダークが卑怯で薄汚い人間に違いないと結論を出した。

 そんな時、漆黒の夜空に眩い光が落ちる。

 彼の考えを根底から覆す、神の奇跡の始まりだった。

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