第38話 普通のおじさん

「準備はできているな?」


 威厳のある声で尋ねたのは、フォートブルグ王国の国王ルドルフだ。

 謁見の間で王座に座り、眼前に膝を着く宮廷魔術師のサキュラスを見下ろす。老齢な魔術師の後ろには、二人の魔族がひざまずいていた。


「はい、明後日みょうごにちに革命軍が王城に攻め込むとの情報がありましたので、各地の戦力を呼び集め、城の警備を固めております」

「今度こそ奴らの息の根を止めるのだ」

「もちろんそのつもりです。そのために、この二人を連れて来たのですから」


 サキュラスはチラリと後ろを振り返る。そこにいたのは‶剣神アキーレ″と同じく【魔神の加護】を受けた二人の戦士。

 一人は長い槍を携え、一人は大きな斧を持つ。

 うやうやしくこうべを垂れたまま動かない二人の男に、ルドルフ王は声をかけた。


其方そなたら、分かっておろうな? 其方らの役目は、アキーレを破った革命軍の手練れ‶召喚士ダーク″の抹殺だ。絶対に負けることは赦さんぞ!」

「「はっ!!」」


 二人はさらに深くこうべを垂れ、「必ずや!」と王に勝利を誓った。


 ◇◇◇


 王都に潜んでいたダニエルとリズたちは、街外れにある骨董店に戻っていた。

 決戦の日は五日後と決まり、王城へ攻め込む革命軍の構成員たちが国中から集められることになった。

 武器の調達も必要なため、ダニエルたちはしばらくの間、待機することになる。


「じゃ、じゃあ、お願いします。ダークさん!」

「ああ、分かったよ」


 骨董店の二階。リズとバンデルが見つめる中、ダニエルはふぅ~と息を吐いてから白いマスクを取り外した。

 素顔をリズたちに見せるのには抵抗があったが、もはや隠す必要もない。


「わあ~ダークさん、そんな顔してたんですね!」 


 はしゃぐリズとは違い、バンデルは「思ってたより普通のおじさんですね」と言ってリズに叩かれていた。


「まあ、実際おじさんなんだよ。魔導錬金研究所で働いていた公務員……もうクビになっちゃたけどね」

「でも、本当に人間なんですか!? だとしたらどうやって‶召喚″なんて魔術を使えるんです?」


 リズの疑問はもっともだ。魔力を持たない人間が魔術の一種である召喚術を使えるはずがない。


「それは色々あってね。職業上の秘密にしておくよ」


 詳しく説明するのも面倒なので、ダニエルは適当に誤魔化すことにした。


「それにしても魔導錬金研究所で働いていたなんて……‶超″が付くエリートじゃないですか。それなのに私たちのせいでクビに……」


 暗い表情を浮かべるリズに、ダニエルは明るく答える。


「いいよ、人間である私はずっとさげすまれてきたからね。心の中では、いつか変えなきゃいけないと思ってたんだ。きっと……」

「でも、ダークさん」

「ダニエルだ」

「え?」

「私の名はダニエル。魔族でも混血種ハーフでもない、人間のダニエルだ」


 リズは一瞬困惑した表情を見せたが、すぐに明るく微笑む。


「分かりましたダニエルさん。改めてよろしくお願いします!」


 リズが差し出した右手。ダニエルも微笑み「ああ、よろしく」と言って握手を交わした。バンデルとも握手を交わし、三人で笑い合う。

 ダニエルは手に持った白いマスクと角を見る。


「このマスクも、もういらないね。これからは人間の素顔で行動するよ」

「ええ!? ダメですよ!」

「え?」


 リズが全力で否定してきたので、ダニエルは戸惑った。


「ダニエルさんはそのマスクと大魔王の角があるからカッコいいんですよ! それを外すなんてとんでもない!!」

「いや、しかし……」

「ダニエルさんは最強の‶召喚士″ダークとして革命軍のメンバーの前に立つべきです。その方が迫力がありますし、みんなだって心強いはずです!」

「そうかな……」


 いまいち納得はできなかったが、ダニエルはリズの押しに負け、今まで通りダークとして革命軍に参加することになった。


 ◇◇◇


 王都のコロシアムで開催された上級闘士の試合。

 いつものように大勢の観客を集め盛り上がっていた。会場の外で観客たちが酒を飲み、くだを巻いて騒いでいる。

 そんな中、フードを被った大柄な男がコロシアムの対戦表を見ていた。


「おい! また賭けが外れちまった。もうスッカラカンだぜ」


 酔っぱらった男がフラついて怒鳴っていると、足がもつれ大柄なフードの男にぶつかってしまう。


「ああ!? なんだ、にーちゃん! そんな所に突っ立ってんじゃねーぞ!」


 ぶつかっておいて暴言を吐く酔っ払いに、フードを被った男は怒る様子もない。

 ただ、酔っぱらった男に静かに尋ねた。


「今日の試合……召喚士のダークは出ないのか?」

「あ? なんだ、おめー知らねえのか? ダークはな! 革命軍の一員だってことがバレて、コロシアムから追放されたんだよ。もう出場することなんてねえ!」

「革命軍?」


 フードの男は驚いて黙り込んでしまう。それを見た酔っ払いが絡んできた。


「なーに、黙ってんだ! おめーはなんなんだよ!!」


 罵声を浴びせる酔っ払いだが、後ろにいた仲間の男がなにかに気づいた。


「お、おい! やめろ、そいつは……」

「ああん?」


 酔っ払いが怪訝な顔をすると、大柄の男はフードを下ろして不敵に笑う。

 周りにいる男たちは息を飲んだ。赤い短髪、褐色の肌。切れ長の目に、余裕の笑みを浮かべる口元。

 コロシアムの観客なら知らない者はいない。

 中級闘士の中では最強と言われる‶拳闘士エデル・バデラ″。


「なんだ、ダーク……おもしろそうなことやってんじゃねーか!」

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