第37話 革命軍のリーダー

 王都の北西部にある街に、生き延びた革命軍が集まっていた。

 精鋭部隊を失い、人員も大きく減ったため、今後どうするかを幹部たちが話し合う会議が行われることに。


「いいのか? 私も参加して」


 街の有力者の屋敷に呼ばれたダニエルは、キョロキョロと辺りを見回していた。

 一度も入ったことがない大邸宅で、人間が住むような家ではない。恐らくは魔族の家なのだろうと推測していた。


「もちろんです! ダークさんは革命軍の恩人であり救世主なんですから」

「救世主って……言い過ぎじゃないか?」


 本当なら革命軍の戦いなど参加したくはないが、家も仕事も失ったダニエルは他に行く場所がない。

 身の振り方を決めるまでは、リズたちの世話になろうと思っていた。

 リズは仰々しい扉を開き、ダニエルを招き入れる。中には円卓が置かれ、年配の男性や女性が着席していた。

 魔族や混血種ハーフのようだ。

 ダニエルは促され、円卓の末席に腰を下ろす。リズも隣に座り、会議が始まった。


「ダーク殿、あなたのお噂はかねがね聞いております。私は革命軍の幹部で、一番の古株であるモクタールと申します。以後お見知りおきを」


 そう言って頭を下げたモクタールに対し、ダニエルも軽く頭を下げる。

 円卓に座る老人たちは初めて見る顔ばかりだが、その中に革命軍の本部にいたアズベルトの姿を見つける。

 知っている者がいたことに、少しだけホッとした。


「さて、これより革命軍の取るべき行動だが、選択肢は二つ」


 モクタールは重々しく言った。自分たちの組織がどうなるのか、ここで決まるのだから当然だろう。

 革命軍がどんな判断を下すか、ダニエルに取っては重大な問題だった。


「一つは失われた革命軍の人員が回復するまで、時を待ち。機が熟してから政府を討つというもの。堅実な方法ではあるが、敵も我々を倒そうと攻勢を強めるだろう。そうなれば革命軍は今より力を失い瓦解する危険もある」


 円卓に居並ぶ幹部たちは、苦々しい顔で頷いた。


「もう一つは、このまま一気呵成に王城に攻め入り、ルドルフ王を倒して政権を転覆させると言うものだ。我々が力を失う前に敵を叩けるメリットはあるものの、失敗すれば革命軍の壊滅は免れない」


 どちらにしろ大変な決断だな。とダニエルは他人事ひとごとのように考えていた。

 だが、モクタールが発する次の言葉に衝撃を受ける。


「しかし、我々にはダーク殿がおる! ダーク殿のお力添えがあれば、政府の打倒は叶うと信じておりますぞ!!」

「え?」

「ぜひ、我が革命軍のリーダーになって頂き、戦いを指揮して頂きたい!」

「ん? え、リーダー!? 戦いを指揮って?」


 隣に座っていたリズは目を輝かせ、ダニエルの袖を引く。


「やりましたねダークさん! 私は前々からダークさんこそ革命軍のリーダーに相応しいと思ってました! それが実現するなんて……」


 リズは喜んで泣き出すが、ダニエルは「いやいや」と首を横に振る。


「リーダーってなんだい!? 私は一般人だよ。戦いの素人だ! それを指揮を取れなんて滅茶苦茶だよ」


 全力で否定するが、モクタールは「そんなことはありません!」と頑なに引こうとしない。


「あなたは国防軍の大軍勢を退け、最強と言われる戦士の一人‶剣神アキーレ″を倒しました。そんなことができるのは真の強者。世界を変える革命の使徒です!」


 眩暈めまいがした。革命軍に手を貸すと言ったが、それはあくまでサポートという意味だ。間違ってもリーダーになって戦うことじゃない。

 なんとか思い直してもらおうとしていると、リズが口を挟んできた。


「ダークさんは公共の仕事に携わってたんですよね? 私たちの仲間には、中央政府の要職に就いている魔族もいるんです! だから革命を成功させることができれば、ダークさんを元の仕事に戻すことだってできるんです」

「え? ホントに?」

「もちろんです! 元に戻すどころか、もっといい役職にだって就けますし、平穏な生活が送れますよ。だから一緒にがんばりましょう!!」


 リズの力強い言葉に心が動いた。そうか、革命が成功すれば元に戻れるのか……。

 自分の未来を切り開くにはそれしかないかもしれない。先頭に立って戦うなど嫌ではあるが、今の革命軍には統率するリーダーがいないのだろう。

 渋々モクタールの申し出を受け入れると、リズを始め革命軍の幹部たちは立ち上がって拍手を送り喜んだ。


 こうして新たなる革命軍のリーダー、‶大将軍ダーク″が誕生した。


 ◇◇◇


 魔導錬金研究所は朝から慌ただしい空気に包まれていた。


「ねえ、ドナートさん! 本当なんですか? ダニエルさんが革命軍の一員だったなんて」

 

 三つ編みおさげを振り乱して、デフリーがドナートに尋ねる。


「僕も信じられないよ。あの温厚なダニエルさんが革命軍に加担してたなんて……」

「事実なんですかね?」

「責任を取らされて所長が代わるぐらいだ。本当なんだと思うよ」


 ドナートは所長交代の辞令が書かれた紙をヒラヒラと振った。


「でも、ちょっとかっこいいですよね。今の社会に不満を持ってて、それを変えようとしてる訳ですから、見直しましたよ!」

「バカ!」


 ドナートは慌てて辺りを見る。


「間違ってもそんなこと言うな! ただでさえ政府はピリついてる所なんだから」


 注意を受けたデフリーは「はーい」と言って、つまらなそうに口をとがらす。

 その時、研究室の扉が開き、白衣を着た大柄な魔族が入ってくる。部屋の中に緊張が漂った。

 魔族の男は研究室を見渡せる窓際まで来ると、ゴホンと咳払いして周囲を見回す。


「私が新たにこの研究室の所長に就任したガイゼンだ。今後は不埒な考えを持つ者が現れぬよう、厳しく監視してゆく。覚悟しておけよ!」


 ガイゼンの迫力に、研究員の誰もが押し黙る。顔を強張らせたデフリーが振り返ってドナートを見る。


「なんか……すごい怖そうな所長になっちゃいましたね」

「……まったくだ」


 二人はそろって深い溜息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る