第40話 巨神タイタン

「なんだ?」


 最初に声を上げたのは、王城の警備についていた兵士たちだ。夜空に広がった光に眉を寄せる。

 雨のように地上に降り注ぐ光の粒は、やがて巨大な人影を映し出す。


「お、おい!」

「嘘だろ!?」


 城壁にいた者、そして城の中から外を見ていた者は、一様に目を見開く。

 城の正面に現れたのは、まごことなき巨人だった。天を突くほどの上背は、優に七十メートルはある。

 全身は黒ずんだ岩のようで、遥か上空にある頭には、不気味に輝く二つの目。

 一歩進むごとに大地が揺れ、大気が震える。

 その様子は当然、城壁の上にいた槍神エウリスと斧神オルガルも目にしていた。


「おいおい、嘘だろ!? なんだあれは?」


 エウリスが信じられないとばかりに巨人を凝視する。


「まさか……あれがダークの召喚したモンスターなのか!?」


 オルガルの言葉に、エウリスは「バカな!」と否定した。


「あれは巨人族の王、‶タイタン″じゃないのか!? そんなものを人間が召喚できる訳がない!!」

「しかし、ダークは‶神話の怪物″を召喚したとの噂もある。やはり奴は、とんでもない力を持っているんじゃ……」

「くだらん! お前は革命軍のハッタリに騙されてるだけだ!」

「ハッタリ?」


 オルガルは怪訝な顔をするが、エウリスは確信したように口元を緩める。


「あれは‶幻影魔法″だ。我々をあざむき、混乱に乗じて攻め込むつもりだ!」

「幻影? あれが!?」


 オルガルが近づいてくる巨人を見上げる。歩くたびに地面が沈み、地鳴りが起き、足元が揺れる。

 これが幻影だと? オルガルはとても信じられなかった。

 幻影魔法については知っていたが、見たことがあるのは、人の目をくらますだけの子供騙し。

 こんなにリアルで、緊張感のあるものではない。

 それでもエウリスは自分の考えが正しいと思い、奇襲があるはずだと辺りを警戒していた。城壁の上にいた兵士たちは混乱していたが、すぐに態勢を立て直し、迎撃用の魔導砲を用意する。

 巨人はもう目と鼻の先まで迫っていた。

 砲撃の準備が整った兵士は、慌ただしく号令をかける。


「撃て! 撃て、撃てええええええ!!」


 城壁に備え付けられた何十門の砲塔が一斉に火を噴く。巨人に直撃すると、轟音と共に爆発し、闇夜に苛烈な火花が舞い散る。

 だが、巨人が意に介する様子はない。

 左足をゆっくりと上げると、そのまま城壁を踏み潰す。その場にいた兵士たちは、備え付けられた魔導砲もろとも崩れ落ちていった。

 城壁の一部が破壊されると、巨人は右手を握り、大きく振りかぶる。

 下で唖然としているエウリスとオルガルを他所よそに、拳を城に向かって振り下ろした。岩の塊である拳が激突し、城の一角が爆散するように砕かれる。

 ガラガラと城の一部が崩れると、巨人はゆっくりと腕を戻す。

 大量の白い蒸気を口から吐き出すと、まるで蟻でも見るかのように視線を下げた。


「おい、エウリス! あれが幻影だと言うのか!?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まるエウリス。だがオルガルもまた、どうしていいか分からなかった。

 いかに‶魔神の加護″を持つ自分たちでも、あんな怪物を相手にするなど到底できない。

 無力さを感じながら立ち尽くしていると、城の裏手からいくつもの光が飛び出してきた。光は巨人の前に降り、重厚な音を立てて並び立つ。


「おお! 魔導騎兵か!!」


 思わずオルガルの声が大きくなる。

 銀や黒の重厚な装甲、兜を被った騎士のような姿。手に魔導砲やランスを構える、まさに巨大な兵士。

 最新の魔導工学によって作り出された兵器であり、単純な強さであればオルガルやエウリスを上回る。その魔導騎兵が計十機。

 フォートブルグ王国にある騎兵が全て投入されていた。


「これだけの数なら、この巨人も倒せるのではないか!?」


 エウリスが嬉々として叫ぶ。希望を抱いたように身を乗り出し、雄々しく並ぶ騎兵を見る。

 巨人はゆっくりと左足を上げ、今度は魔導騎兵を踏み潰そうとした。

 だが十機の騎兵は空に飛び立ち、それをかわす。二十メートルもある巨大な兵器が飛んでいく姿は壮観の一言。

 煙を噴射しながら巨人の周囲を飛び回り、魔導砲を発射していく。

 タイタンの体表で次々と爆発し、煙を上げている。体表の岩は砕け、ボロボロと落ちていた。


「ハッハッハーーーー! 見ろ、オルガル! あの木偶の坊、なにもできずにやられているぞ!! やはり、ただのハリボテでしか――」


 エウリスが歓喜の声を上げた時、巨人は一旦引いた腕を、今までとは比べものにならない速さで振り切った。

 避けきれなかった二機の魔導騎兵が腕にぶつかり、激しく爆発して、木っ端微塵に吹き飛んだ。


「え?」


 エウリスが呆気に取られる。

 巨人は腕を引き、今度は足を踏み込んで殴りかかった。この一撃も避けきれず、一機の騎兵がぐしゃりと潰れ、爆発する。

 騎兵部隊は混乱に陥り、連携が取れなくなって精彩を欠き始めた。

 巨人はそのスキを見逃さない。騎兵の一つを右手で掴むと、そのまま握り込む。

 当然、巨人の握力にあらがうすべなどない。

 騎兵は手の中で爆発し、完全に沈黙した。

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