第35話 脱出

「ふぅ~」


 ダニエルは額の汗を拭う。徹夜で作業を続け、翌日の夕方まで一心不乱にカードの錬成を繰り返していた。

 Aランクカードは七枚しか作れなかったが、ダニエルは身を切る思いでコレクション用のBランクカードを投じ、Aランクのカードをさらに五枚作った。


「これで新しくできたAランクは合計十二枚……またギガンテスが二枚出てきたか、重複するな」


 ギガンテスのカードは合わせて三枚ある。いいカードだと思うが、あの強い魔族に簡単に負けてしまったせいで、あんまり印象が良くない。

 ダニエルは二枚のギガンテスを錬成に使うことにした。


「さて、他のカードはどれを錬成に回すべきか……」


 頭を捻って悩み出すダニエル。この瞬間が一番困ってしまう。

 どれもAランクのキラカード。消費して失うのは身を切られる思いだった。その中でも気になるカード二枚を脇によける。


「一枚目は【★★★★★★ 紅蓮のフェニックス】。蒼炎のフェニックスとついになる赤い不死鳥か……かっこいいし、なにより強そうだ」


 嬉しそうな表情を浮かべるダニエル。もう一枚のカードに目を移す。


「やっぱりこれかな。【★★★★★★ ベオウルフのドラゴン】」


 Aランクのモンスターの中にも強さの序列はある。だとすれば伝説級のドラゴンであるこのカードは、かなり強いはずだ。

 英雄ベオウルフを倒した伝説の火竜。

 赤く硬い鱗に覆われ、足は無く蛇のような胴体。巨大な翼を広げる雄々しい姿は、コレクターとして手放したくない。


「これはキープしておこう。残りはまとめてっと」


 十枚のAランクカードを束にして‶魔導錬金装置″の開口部に入れる。恐らくはこれが最後の錬成になるだろう。

 ダニエルは深く深呼吸してから、装置のレバーを引いた。

 けたたましい音と共に錬成が始まる。大量の魔石のエネルギーを消費し、各駆動部から蒸気が上がる。

 三分ほどの時間が経過すると、チンッと小気味の良い音を立て、一枚のカードが出てきた。

 腫れ物にでも触るような手つきで、ダニエルはそのカードを取る。

 間違いなく七つ星、キラキラと眩いばかりの輝きを放っていた。


【★★★★★★★ 巨神タイタン】


「おお~、なんだか凄いカードが出てきた。ギガンテスを二枚も入れたせいか?」


 見るからに強そうだな。と、ダニエルは思いキラキラと輝くカードを眺める。

 これでSランクとAランクのカードが揃ってきた。今まで錬成したキラカードを、改めてテーブルに並べてみる。


 Sランクが三枚。

  【★★★★★★★ 黙示録の赤い竜アポカリブス・レッド・ドラゴン

  【★★★★★★★ 魔王サタン】

  【★★★★★★★ 巨神タイタン】


 Aランクが六枚。

  【★★★★★★ 蒼炎のフェニックス】

  【★★★★★★ 金羊毛皮の守護竜】

  【★★★★★★ カンヘル竜】

  【★★★★★★ 巨人ギガンテス】

  【★★★★★★ 紅蓮のフェニックス】

  【★★★★★★ ベオウルフのドラゴン】


 ダニエルが恍惚の表情でカードを見つめ「ふぅ~」と感嘆の溜息を漏らす。

 そんな時、家の外から物音が聞こえてきた。ダニエルは階段を上がり、カーテンを少しだけ開いて周囲を確認する。

 何人もの人影が見えた。国防軍だ。


「もう来たのか……仕方ない」


 棚にある洋紙皮を掴み、クローゼットから黒の外套と白いマスク、魔族の角を取り出した。

 足早に地下室へ戻り、カードを本型のホルダーにしまう。

 他のカードバインダーや重要な物は、すでにロック鳥で運び出している。後はここから脱出するだけだ。

 もう一度階段を駆け上がり、ドアの前に立つ。

 外は完全に取り囲まれているようだ。ダニエルは二枚のカードを取り出し、息を殺して様子をうかがう。

 そんな時、表から声が聞こえてきた。


「ダニエル、ダニエル・アンバート! 居るんだろ? 出てきておくれ」


 所長のアウラだ。国防軍と一緒に、こんな所まで来たのか。ダニエルはあまり会いたくなかったため、げんなりする。


「君が革命軍に協力しているという嫌疑があるんだ。私は君を信じているが、国防軍の者が話を聞きたいらしい。ちょっと出てきてくれないか?」


 ワザとらしい台詞に笑えてくる。捕らえて処刑することは決まっているだろう。


「所長、今日は申し訳ありませんでした。無断で休んでしまって」

「いやいや、いいんだよ。ダニエル君、今後のことを私と一緒に話し合おう! 外に出てきてくれないか?」

「すいませんが、それはできません」

「え? そ、それはなぜだい?」


 予想外の答えだったのか、アウラは狼狽する。ダニエルは持っていたカードの一枚を足元に放った。

 光が溢れ出し、ドアを壊して召喚獣のグリフォンが現れた。

 ドアの前に立っていたアウラは衝撃で後ろに吹っ飛ばされる。


「ぎゃああああ!?」


 ゴロンゴロンと転がっていったアウラに代わり、国防軍の兵士たちが雪崩れ込んでくる。ダニエルはグリフォンに飛び乗った。

 魔獣の首筋をポンポンと叩き、すぐに屋根の上まで飛び立つ。

 兵士たちは銃を構え、ダニエルに狙いを定めた。そんな兵士たちに向かって、一枚のカードを投げ落とす。

 空中を舞うカードは激しい光を放ち、禍々まがまがしい竜の姿へと変わっていった。

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