第44話 驚きの出現

 オルガルの体はプスプスと煙を上げ、所々が焦げていた。

 ――勝てない。こいつには……俺たちの勝てる相手じゃない。

 心が折れ、死を覚悟したオルガルは、ふと倒れているエウリスを見る。体を焼いた炎は消えたようだが、力尽きて倒れていた。

 それでも両手をつき、なんとか起き上がろうとしている。

 オルガルは目を見開く。自分と同じようにボロボロになっているエウリスだったが、その目は死んでいなかった。

 相手を睨みつけるエウリスを見て、オルガルも戦意を取り戻す。

 ――まだ……まだだ!

 地面に落ちた斧をガシリと掴む。歯を食いしばり、膝を立てて立ち上がる。もう体力は残っていない。

 見ればエウリスも同じように立ち上がっていた。

 オルガルはフッと口元を緩める。これが最後の攻撃になるだろう。斧をかかげ、全ての魔力を流し込む。


「はっはっは! 最後の悪あがきか? いいぜ、俺様は防がねえからやってみな」


 サタンは黒い槍を地面に付き刺し、両手を広げて笑みを浮かべる。

 完全になめていることにオルガルとエウリスは激怒した。武器を構え、サタンに向かって突っ込んでいく。

 斧と槍は激しい輝きを放つ。


「おおお、冥界獄炎槍バイデント!!」

「喰らえ、雷神両撃斧ラブリュス!!」

 

 渾身の一撃はサタンの体に直撃した。槍と斧は爆発的な光を放ち、辺りを白一色に染める。確かな手応え。

 光が収まってくると、斧と槍が相手の体に食い込んでいることが分かる。


「や、やった!」


 喜ぶオルガルだったが、横にいたエウリスの顔は引きつっていた。

 オルガルは恐る恐るサタンの顔を見る。――笑っていた。何事もなかったかのように、薄ら笑いを浮かべている。


「それで終わりか? やはり虫けらは虫けらでしかないか」


 サタンは手の平を二人に向け、無慈悲に告げる。


黒炎滅殺魔法アガンジュ


 漆黒の炎がオルガルとエウリスを包み込み、激しく燃え上がる。

 断末魔の絶叫。二人は為す術なく焼き尽くされ、黒焦げとなって地面に倒れた。

 プスプスと煙を上げる死体を見下ろし、サタンは「やれやれ」と首を振って歩き出す。


「後はあの小生意気な召喚士を始末すれば、俺様も自由の身に……」


 そう思った時、サタンの体が淡く輝き出した。小さな光の粒となり、少しづつ空気に溶けていく。


「な、なんだ!? どうなってる、これは?」


 狼狽えるサタンだが、ハッとして自分の体を見る。肩から胸にかけて、先ほどつけられた傷があった。


「ま、まさか……この程度の傷で召喚が解けたのか!? この俺様が、この程度の傷で――」


 サタンは光となり、カードに戻ってあるじの元へと飛んでいった。


 ◇◇◇


「あ! サタンのカードだ」


 ダニエルはヒラヒラと落ちてくるカードをパシリと掴み、表面を見る。プリズムの輝きは失われ、灰色がかった絵柄になっていた。

 Sランクのカードを再召喚するには一週間はかかるだろう。

 ダニエルはカードをホルダーに戻し、改めて正面を見据える。

 リズやバンデルを始めとする革命軍が、激しい戦いを繰り広げていた。しかし、やや押されているようだ。

 あれだけ相手を消耗させても、地力の差は如何いかんともしがたいか。

 すでにダニエルが召喚したモンスターは全て駆逐されていた。これ以上援護するのは難しい。

 そう考えていると、ぷかぷかと浮かび、周囲を回っているカンヘル竜と目が合う。


「カンヘル竜、リズたちの応援に行ってくれないか?」

「ええ!? でも、ご主人様マスターの護衛が……」

「ああ、守備のために君を召喚したが、リズたちの戦況が良くない。ここは前線から距離もあるし大丈夫だよ。頼めないかな?」

「まあ、マスターがそう言うなら」


 カンヘル竜は渋々承諾し、リズたちの元へと向かった。

 Aランクのモンスターだ。必ず戦力になって状況をひっくり返してくれるだろう。そんな期待を抱いていた時、背後でガサリと音がした。

「なんだ?」と思って振り返ると、武装した数人の男たちがいる。

 ――国防軍! 城から回り込んで来たのか?

 驚くダニエルに、先頭にいた男が銃を向けてくる。


「動くな! 革命軍の人間だな。大人しくしていれば命だけは助けてやる」


 男の後ろから、さらに数十人の男がやってきた。こんな所まで来たということは、近くの森を抜けて来たのか。

 恐らくは革命軍の部隊を挟撃するのが狙い。

 ――私をすぐ殺そうとしないのは騒がれたくないからか? だが、どちらにしろ生かしておく気はないだろう。

 ダニエルはグッと目を閉じた。

 よりによってカンヘル竜を行かせた後に……悔やんでももう遅い。それよりリズたちのことを考えなければ。

 このまま奇襲されれば、革命軍のみんなが窮地に陥ってしまう。

 例え危険でも知らせなければ―― それは一度見放したリズたちへの贖罪。もう死なせたくないという願いでもあった。

 ダニエルは振り返り、大声で叫ぶ。


「リズ! バンデル! 国防軍だ!!」

「貴様!!」


 先頭にいた兵士がダニエルに銃を向け、引き金を絞る。

 その刹那――


「おい、なにやってんだ? おっさん」


 兵士の男の真横に、大柄な男が立っていた。「なっ!?」と驚き、兵士が銃を向けようとするも、その銃がない。持っていたはずの魔導銃がどこにもない。


「そ、そんな?」


 兵士が蒼白な顔で混乱していると、大柄な男は自分の手に持った魔導銃を見せる。


「探してんのは、これか?」


 ダニエルは驚愕する。そこにいたのは紛れもなく、コロシアムの中級闘士――

 エデル・バレラだった。

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