第3話 魔導工学

 街の郊外に建てられた一軒家。ダニエルが死んだ両親から受け継いだ家だ。

 少し古いが、独身男一人が住むには充分過ぎる広さがある。


「ただいま~」


 誰もいない家に帰宅を告げ、上着をハンガーに掛けて明かりを灯した。

 買ってきた袋をテーブルの上に乗せ、椅子を引いて腰を下ろす。ふぅ~と一息ついて、さっそく袋から二つの箱を出す。


「さてさて……なにが入っているかな?」


 ダニエルは夕食の支度も後回しにし、箱の中からカードを入れた小袋を取り出す。

 小袋には五枚のカードが入っており、一箱につき十六個の小袋が収められている。カード枚数は一箱で八十枚。二箱で合計百六十枚だ。


「ふふ~ん」鼻歌を歌いながら、小袋を開封していく。カードは手の平と同じくらいの大きさ。表面には絵柄と文字と星のマークがある。


「ゴブリン二枚にコボルト、ホビットにインプか……アリアズール山脈にいるモンスターはこんな感じなのか」


 カードの上部にある星のマークは、それぞれのモンスターの強さを表す。

 星一つはFランク。

 星二つはEランク。

 星三つはDランク。

 星四つはCランク。

 星が増えるごとに強さが増していく。売られている召喚カードで、最も強いのは星四つのCランクの物。

 それ以上は危険なため、一般販売はされていない。


「お! Cランクのカードだ。ふふふふ、今日初めて出たレアカードだな」


 ダニエルの不敵な笑みは止まらない。カードの事となると、人が変わったようにのめり込んでいく。

 手に取ったカードは『★★★★ カーバンクル』。

 耳の長い猫のようなモンスターで、額に赤い宝石がついている。見た目がとても愛らしい生き物だ。

 その後も次々に小袋を開けていく。時間も忘れ、出てくるカードに一喜一憂しながら、ダニエルは全ての袋を開封した。


「Fランクが七十一枚で、Eランクが四十八枚、Dランクが三十一枚に、Cランクが十枚か……これなら今日中にいけるかもしれないな」


 ダニエルがガタンッと立ち上がり、全てのカードを箱に入れて両手で抱える。

 そのまま歩き出し、家の地下へ向かう階段を下りていく。地下にある棚には、大きなトロフィーや賞状が飾られていた。

 ダニエルが今まで出た大会で得たものだ。

 カードゲーム『キー・オブ・ソロモン』の大会は、フォートブルグ王国の各地で行われており、ダニエルは上位プレイヤーとしてマニアの間で有名だった。


「よっと」


 カードを入れた二つの箱を片手で持ち、ダニエルは目の前の扉を開けた。

 部屋の中には書類の置かれた長机と、その奥には大きな箱形の機械装置がある。装置にはいくつものパイプが繋がれ、色とりどりの液体が入ったガラス製の試験管が組み込まれていた。


「さて……と」


 二つの箱を長机に置き、壁際にある本棚から黒いバインダーを取り出す。

 コレクション用のカードが収納されている物だ。どれも違う種類のカードで、一冊のバインダーには百枚のカードが収められている。

 本棚には同じバインダーが計十冊置かれていた。

 ダニエルはその中から十枚のカードを取り出し、机の上に並べる。全てのカードがキラキラと輝き、六つの星が描かれていた。


「私が持っているAランクカード……、宝物」


 ダニエルは愛おしそうにカードを眺める。

 趣味とは不思議なものだ。最初は何気なく始めたゲームだったが、気づけば抜け出せないぐらい深くはまっていた。

 ダニエルがこのカードゲームに出会ったのは五年前。

 魔族の天才錬金術師、オドス・ムルタニカによって証明された魔導工学理論。その理論に基づいて開発されたのが、召喚カードゲームだ。

 元々は上級魔法である‶召喚″の発動、構成要件を論理的に解明しようとした研究だった。

 召喚は倒したモンスターを魔素分解して特定の魔道具に封印する【テイム】と、テイムしたモンスターの魔素を再構築して出現させる【召喚サモン】に分けられる。

 オドスは色々な魔素配列を研究している過程で、小さな羊皮紙に実験用の弱いモンスターを封印していた。

 これが召喚カードの原型となる。

 上位のモンスターの複雑な魔素配列を調べることはできなかったが、この研究で副次的に生まれた『召喚カード』を国が売り出したところ、爆発的な人気になった。

 最初は研究者にしか売れないだろうと思われていたが、子供から大人までが楽しむ娯楽として受け入れられ、今では重要な国の収入源になっている。


「まずはFランクカードから」


 ダニエルは持ってきたカードを十枚に束ね、装置の開口部にセットする。

 箱形装置の横に付いたレバーを、力一杯引いた。機械はガタガタと揺れ始め、けたたましい音を鳴らす。

 試験管に入った液体は沸騰し、至る所に付いたランプが点滅していた。

 ――チンッ。と甲高い音を立て、別の開口部から一枚のカードが出てくる。

 それは投入したFランクカードではなく、のカードだった。


「よしよし、この調子で」


 ダニエルは残っているカードも次々に投入していく。

 国立錬金魔法学校にいた頃、魔素配列の研究をしていたダニエルはオドスの研究に当然興味を持っていた。

 自分でも魔法配列に関する論文を書き、アカデミーに提出したこともある。

 だが、人間であるダニエルの論文など、魔族が支配する国で認められることなど有り得ない。

 完全に無視され、今に至る。

 しかし、ダニエルはどうでもいいと思うようになっていた。それほどまでに召喚カードにはまっていたからだ。

 とにかく新しい召喚カードが欲しい、そのカードで戦い勝ってみたい。

 それはまるで麻薬のように、ダニエルに中毒的な刺激を与える。そして考えるようになってしまった。

 

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