キラカードを集める錬金術師の【反逆】コレクター生活。
温泉カピバラ
第1話 コロシアム
フォートブルグ王国・北西部。
市民の娯楽の一つとして建てられた『円形闘技場』。闘士が戦う競技台の四方には階段状の客席があり、高みの見物をきめこむ観客たちが怒号と歓声を上げていた。
様々な闘士が命のやり取りをする場で、いつものように始まった中級闘士たちの激しい戦い。観客席のさらに上、貴賓席の前に陣取った‶饒舌な審判員″が声高らかに試合を取り仕切る。
「さあ、お待たせしました! 中級闘技会場、本日最後の試合。西より入場するのは、今もっとも上級闘士に近い男! アモデーーーニーーール!!」
西の入場口から、筋骨隆々で上半身裸の男が入ってきた。モヒカン頭で、肌は浅黒く、額からは魔族の象徴である立派な角が生えている。右手には大剣、左手には飾りの付いた丸い盾を持つ。
円形競技台の中ほどまで来ると、剣を高々と掲げ「うおおおおおおお!」と雄叫びを上げた。
客席はヒートアップし、大歓声が巻き起こる。
「さあ、続いて入場してくるのは、最近メキメキと頭角を現した不敗のルーキー! 初級闘士から最速で中級闘士へと駆け上がってきた男! 召喚士ダーーーーク!!」
爆発するような歓声。コロシアムの観客が待ち望んでいた闘士が、東の入場口から姿を現す。
黒い髪に黒い外套を着る、異様な雰囲気の男。
白いマスクで目を覆い隠し、こめかみからは二本の赤い角が生えている。丸い競技台に上がると、対戦相手のアモデニールを静かに見据えた。
「おいおい、ずいぶん落ち着き払ってんな。コロシアムの闘士には珍しい‶召喚士″だからって、調子に乗んなよ!」
アモデニールはフンッと鼻を鳴らし、ダークを睨みつける。
「今までは弱っちい闘士を‶ペット″で倒してきたかもしれんが、本物の闘士である俺に通用すると思うんじゃねーぞ!!」
いきり立つアモデニールが剣に力を込めると、客席前の壇上にいた審判員が声を発する。
「それでは剣闘士アモデニール対召喚士ダークの闘技試合――――始めっ!!」
アモデニールはすぐに駆け出した。ダークとの間合いを一気に詰めていく。だが、ダークに慌てる様子はない。
外套をはらりとなびかせると、腰に携えていた一冊の本を手に取る。それほど厚くもない、小ぶりな本だ。
中を開けば、それが普通の本でなくカードを収納するためのホルダーだということが分かる。ダークはその内の一枚を抜き取って、目の前に放り投げた。
カードの表面には絵柄と文字が描かれており、地面に落ちると眩いばかりに輝き、光の泡へと変わり始める。
突然の発光に、アモデニールは咄嗟に盾で目を覆う。なにが起きたか分からなかったが、光の泡が眼前で渦巻き、なにか大きな生物へと変わってゆく。
「なるほど……これが‶召喚″か」
アモデニールがニヤリと笑い、体の前に剣と盾を構える。
現れたのは‶黒い馬″に乗ったライオン頭の戦士。右手に片刃の剣を持ち、左手で手綱を握り襲いかかってきた。
「Bランクモンスターの【ヴィネ】だ。君は勝つことができるかな?」
ダークは余裕の表情で静かに佇む。対するアモデニールは「ふんっ!」と鼻を鳴らし、ヴィネが振り下ろした剣を自分の剣で弾き返した。
火花が散り、お互い距離を取る。
力は互角。何度も斬り合い、その度に互いの剣を激しく弾いた。
「なめるなよ、ルーキー! 魔族の剣闘士が‶ペット″ごときに負けるかよ!!」
アモデニールが持つ剣に、ドス黒いオーラが纏わりつく。それは黒い炎のように剣身を覆う。
ヴィネは突進し、剣を大きく振り上げた。斬りかかった瞬間、それに合わせるようにアモデニールも剣を振り抜く。ヴィネの剣を破壊し、馬もろとも斬り裂いた。
倒されたモンスターは光の泡となり、パンッと弾けるようにダークの元まで舞い戻る。パシリと受け取ると、それは『★★★★★ ヴィネ』と書かれた‶召喚カード″に変わっていた。
「ヴィネを倒すか……なかなかやるな」
「次はテメーの番だ!!」
アモデニールがダークに向かって突進する。だが、ダークは落ち着き払った様子でブツブツと独り言を呟く。
「Bランクのモンスターを複数召喚して押し切るか……いや、せっかくだからもっと強いカードを使っても……」
「なにブツクサ言ってやがる!! 死にやがれ!」
ダークの頭上にアモデニールの剣が振り上げられる。その瞬間、ダークは本型ホルダーから一枚のカードを抜き出した。
カードの表面はキラキラと輝き、【ヴィネ】のカードとは明らかに異なる。
光の泡へと変わり、さらに青い炎へと変化していく。
噴き上がる炎に、さしものアモデニールも「うっ!?」と顔を歪め、後ろに飛び退き距離を取った。青い炎は上空に舞い上がり、やがて形を成す。
それは大きな鳥。青い炎で体が作られた、幻想的な鳥だった。
「Aランクの召喚モンスター【蒼炎のフェニックス】。君の強さに敬意を表し、私のお気に入りでお相手しよう」
「なにを……生意気な!」
アモデニールがギリッと歯を噛む。ダークを睨んで動こうとした時、上空の大鳥がバサリと羽ばたいて滑空してきた。
「くっ!」
アモデニールは剣を構えて後ろに下がる。まっすぐに飛んでくる不死鳥を迎え撃つためだ。
黒いオーラを纏った剣を、上段から振り下ろす。――とらえた!
そう思ったアモデニールだが、剣は不死鳥の体をすり抜けてしまった。炎の鳥はそのままアモデニールにぶつかり、火柱となって燃え上がる。
「うわあああああああああああ!!」
火に巻かれた魔族の戦士は、あまりの熱さに地面に倒れのた打ち回った。体の所々が黒く焦げ、髪や服の一部はまだ燃えている。
なんとか体の火を消して見上げると、空に舞い上がった火柱は青い不死鳥へと姿を変えていた。
「蒼炎のフェニックスは実態の無い炎の化身だ。剣では斬れない。その黒いオーラは強化魔法の一種だろ? つまり君では炎の鳥を倒すことはできないということだよ」
フェニックスはバサリ、バサリと羽ばたくと、アモデニールに向かってまっすぐに滑空していった。
「や、やめ……」
「終わりだ」
ダークは冷たく呟く。速度を増した蒼炎のフェニックスは、アモデニールの足元の床に突っ込み、大爆発した。
衝撃でアモデニールは円形競技台の外に吹っ飛び、動かなくなる。体はプスプスと焦げ、白目を剥いて気絶していた。
「決まったーーーーー!! 勝者、ダーーーーークッ!!」
審判の声に、観客はコロシアムを揺らすほどの歓声を上げる。
ダークはフッと笑い、踵を返す。空から舞い降りた不死鳥は光へ変わり、元のカードへと戻った。
表面がキラキラと輝くそのカードを本型ホルダーにしまい、ダークは競技台を降りて出入口へ向かう。
背後から聞こえる賞賛の声に、漆黒の召喚士は静かに微笑んだ。
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