第10話 脱出ルート

 王都南西部にある山間。その一角に革命軍が使う砦があった。

 すでに日は沈み、辺りは暗くなっている。砦の城壁から外を見た革命軍のリズは、山の麓から登ってくる数多の光を目にする。


「まずい……国防軍ね。この場所が知られるなんて」


 赤みがかった瞳の少女は、外を見ながら唇を噛む。

 革命軍の拠点はいくつもある。この砦に詰めているのは、精々五十人程度。砦を捨てて逃げるのが最善だ。

 問題は避難するためのルートを、国防軍に抑えられていること。

 この場所の情報が漏れている……。そうでなければ、こんな周到な囲い込みはできない。革命軍の中に情報をリークした人間がいるのだろう。

 リズがそんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。


「リズ、やっぱりダメだ。本部に応援要請したが、ここに到着するまでかなり時間がかかるそうだ。とても間に合わない」


 そう言って苦い顔をしたのは、リズと同じ部隊に所属するバンデルだ。

 金色の綺麗な髪に、赤みがかった瞳。とても真面目な混血種ハーフの青年で、リズに取っては頼れる兄貴的な存在だった。


「うん、期待はしてなかったから仕方ないよ。私の方でも応援要請はしてみた。来てくれるかは分からないけど」

「応援って、誰にだ?」

「この前知り合った混血種ハーフの人」

「ああ、前に言ってたコロシアムの闘士か。だが部外者だ、信用はできん」

「分かってる」


 リズは押し黙った。ダークに協力は求めたが、本当に革命軍の活動に参加してくれるかどうかは確信が持てなかった。

 なんと言っても、この活動は命がけだ。生半可な覚悟ではできない。

 ――ダークさん、私のメッセージ読んでくれたかな……。伝わってればいいけど。

 リズとバンデルは城壁を下り、一階に集まっている仲間たちの元へ行く。全員で相談し、山を北上することにした。

 それはモンスターが多く出る危険なルート。本来なら通りたくはないが、背に腹は代えられない。

 裏門から砦を出て、山の頂上を目指す。


 ◇◇◇


「う~~~ん、こっちであってるよな」


 ダニエルは洋紙皮を睨みながら眉根を寄せる。リズから渡された洋紙皮はメッセージを伝えると共に、リズの居場所を地図で示していた。

 魔道具としては、かなり上等な物だ。


「おっ……と、危ない」


 風に煽られバランスを崩した。ダニエルが今いるのは、満天の星空の下。

 空中をグリフォンに乗って飛んでいる。高速で移動するには、この方法が一番だ。


「ちゃんとダークの衣装も着てきたし、人に見られても正体はバレないだろう」


 しばらく進むと、目的地と思われる山が見えてきた。暗いため山はシルエットでしか確認できないが、明らかに様子がおかしい。

 山の中腹にかけて点々と光が見える。恐らく松明の光だろう。

 山頂に向かって、なにかを追い立てるように移動している。きっとあの先にリズがいるはずだ。

 そう思ったダニエルはグリフォンの首元をポンポンと二回叩き、合図を送る。

 グリフォンは「クエエエエ!」と一鳴きし、山に向かって急下降した。


 ◇◇◇


「おい、そっちだ。そっちに行ったぞ!!」

「反逆者どもを逃がすな、追え!」


 小銃を構えた国防軍が、山頂へ逃げていくリズたちを追い詰めていた。


「まずい、このままじゃ……」


 リズが苦々しい顔になる。相手の数は三百以上、対してこちらは五十に満たない。そのうえ持っている武器の性能も違いすぎる。

 戦いになれば全滅は避けられない。


「リズ! ここは俺たちで食い止める。お前たちは山の奥に逃げ込め!」


 バンデルが足を止め、リズを逃がそうとする。今いる革命軍のメンバーは男が三十人、女が二十人ほどだ。

 男だけで戦い、女は逃げろと言うことか。

 リズはフンッと鼻を鳴らす。


「流行らないよ、そういうの! かっこつけて男だけで戦う気なの?」

「別にかっこつけてる訳じゃない。ただ……」


 リズは一歩前に出て、肩に掛けた小銃を構える。


「戦うなら、私たちも一緒。最後まで仲間は見捨てないから!」


 リズの後ろに立つ女兵士たちも頷き、同じように小銃を構える。バンデルは苦笑いし、「仕方ないな」と諦めた。


「どれだけやれるか分からないが、倒せるだけの国防軍を道連れにしてやる! 全員覚悟はいいな!!」


 バンデルの掛け声に、「「「おおおお!!」」」と雄叫びが上がる。

 国防軍との銃撃戦が始まった。飛び交う魔光弾、そして爆撃。リズたち革命軍より敵の方が遥かに火力に勝る。

 何人もの仲間が被弾し、倒れていく。

 リズたちも後退しながら応戦するが、戦力が違いすぎる。どんどん仲間の数が減っていき、残ったのはリズやバンデルを含め十数人。


「リズ、こっちだ!」


 バンデルに手を引かれ、木々の合間を駆け抜ける。

 一発の銃声。次の瞬間、二人は倒れていた。「なに?」と顔をしかめるリズだったが、隣でバンデルが呻いている。足を撃たれたのだ。


「大丈夫!? バンデル!」

「リズ……君だけでも逃げろ」


 そんな二人の後ろから、五人の軍人がやってきた。


「おい、見ろ! 女がいるぞ」

「ホントだ。ラッキーじゃねーか、こんな山奥まで駆り出されてムシャクシャしてたけど、これぐらいの役得はないとな」

「グヘヘヘヘ……まずは俺から」


 下卑た笑いを浮かべる男たちに、リズは身をすくめるが「男は殺しちまおうぜ」と相手が口にしたため、震える手で銃を構える。


「なんだ! やんのか!?」


 男がそう言って近づいてくると、頭上でバサリと音がした。

 その場にいた全員が視線を上げる。そこにいたのは大きな鳥、いや四足歩行の動物にも見える。

 はっきりと分かるのは、その動物の背に誰かが乗っていることだ。

 

「ああ、リズ。やっと見つけたよ。なんとか間に合ったかな?」


 リズは目を見開く。――来てくれた!

 闇夜に浮かび、月明かりに照らされるのは、間違いなく漆黒の召喚士‶ダーク″その人だった。

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