第9話 おかえり

 家の中に入り、作業着に着替える。明日は仕事だが、今日は徹夜で作業しようと決めていた。

 ダニエルは袖を巻くり、買ってきた荷物を地下室へ運ぶ。

 作業場にある長机の上に‶召喚カード″の箱を置き、蓋を開いて中にある小袋を取り出す。

 ここからは小さなナイフを使って小袋を慎重に開き、カードを出してランクごとに分ける作業だ。それをかなりの数やらなければならない。

 徹夜でそんなことをやり続ければ、普通の人ならうんざりするだろう。

 だが、ダニエルは鼻歌を歌いながら楽し気にこなす。

 カードに触れている瞬間が、なによりも心躍る時間だ。


「ふん、ふふん、ふ~ん。これでランク分けは終了と……」


 その後、魔導錬金装置に魔石をくべ、機械を稼働させていく。Fランクのカード十枚をEランクのカード一枚へ。

 Eランクのカード十枚を、Dランクのカード一枚へ。

 そんなことを何十回と続けた結果、今回はBランクカードを二十二枚作り出すことができた。


「よーし、よーし、よーーーし!! これでAランクカードが二枚できるぞ! さっそく一枚目を……」


 装置の開口部に十枚の束を入れ、レバーを引く。ゴトゴトと音を立てながら、蒸気を噴き出し、錬成を開始する。

 しばらくして静かになると、チンッという音が鳴り響く。

 ダニエルは開口部から出てきたを見る。この瞬間が一番楽しいと思いながら、キラキラと輝くAランクカードを手に取った。


『★★★★★★ カンヘル竜』


「これは……」


 そのカードに描かれていたのは、かわいらしい少女の姿だ。だが竜の翼を持ち、竜の尻尾まで生えている。


「初めて見るAランクカードだな……今度、召喚してみよう」


 ダニエルはさらに十枚のカードを装置に入れ、レバーを引いた。最後の召喚カードがチンッという音と共に出てくる。

 ワクワクしながらカードを手に取り、煌めく表面を見た。


『★★★★★★ 金羊毛皮の守護竜』


 間違いなく、かつて見たカード。


「やっーーーーたああああああ!! おかえりいい‶金羊毛皮の守護竜″! 今度は手放さないからね!」


 ダニエルは守護竜のカードを頬にスリスリと擦り当て、愛おしそうに眺める。

 窓の外は朝日が昇り、明るくなっていた。一睡もしていないが、疲労など吹っ飛んでいくようだ。

 ダニエルは満足気に微笑み、研究所へ出勤するための準備を始めた。


 ◇◇◇


 国立錬金研究所へついたダニエルは、挨拶もそこそこに仕事に取りかかる。

 ここで行っているのは国軍で使用する武器の試作品の開発。錬金術師の仕事とは、魔導回路の理論に基づき人の役に立つ‶道具″を生み出すこと。

 本当は人の生活に必要な製品を作りたかったダニエルだが、ここは国の機関。

 意に反していても、作れ、と言われた物を作るしかない。


「うん、ではもう一度」


 ダニエルがチームのリーダーとなり、試作品のデータを取っていく。今研究しているのは、魔導小銃の改良型だ。

 従来のものより、安定性と連射性を求められている。

 研究員の一人が銃を手に取り、二十メートル先の的を狙う。


「いきま~す」


 ゴーグルをつけた若い男性の職員が、構えた小銃のトリガーを引く。

 凄まじい速さで魔光弾が三連射され、的を撃ち抜いた。素人である職員でも簡単に撃て、威力も充分。満足のいく性能が確認できた。


「大丈夫そうだね。これでレポートをまとめよう」


 ダニエルは他の研究員と協力し、所長のアウラに報告するための資料を作成した。

 それを所長室まで持っていくと――


「やっとできたのかい、ダニエル君。この程度のもの、もっと早く片付けてもらわないと困るよ」

「はい、申し訳ありません」


 アウラはやれやれといった表情で、デスクの引き出しから資料の束を取り出した。

 机の上に放り投げ、フンッと鼻を鳴らしてダニエルを見る。


「軍からの依頼書だ。魔導防具の新調に、探知機の改良、以前に頼まれていた研究内容の変更など、やることは目白押しだよ」

「こ、こんなにですか?」

「なにか問題でも?」

「い、いえ。さっそく取りかかりたいと思います!」


 ダニエルは資料の束を持ち、一礼して所長室を出た。その日は依頼書の確認だけでかなりの時間がかかり、結局残業になってしまう。

 睡眠不足もあいまって頭がボーとしてきた。


「もう、こんな時間か」


 そろそろ帰宅しようとフラフラになりながら立ち上がり、荷物をまとめて研究所を出る。

 なかなか大変な職場ではあるが、魔族が支配する国では安定して働けるだけでありがたい。人間は職が見つからないことも多いからだ。

 人間より地位の高い混血種ハーフでも、公務員になるのは難しいと聞く。

 そう考えれば自分は幸せな方だとダニエルは思った。ふと革命軍の少女の顔が浮かんでくる。

 ――彼女は、自分の境遇に耐えられなかったのだろうか?

 すっかり夜のとばりが下りた帰り道。肌寒さを感じ首をすくめると、上着の内ポケットが熱くなっていることに気づく。


「ん? なんだ……」


 中にある物を取り出し、目の前で広げる。

 それは一枚の洋紙皮だ。革命軍の少女リースから受け取った魔導具で、互いに連絡を取り合うための物。

 緊急の場合に使うと言っていたが……。

 なにも書かれていない洋紙皮の表面に、うっすらと文字が浮かんでくる。

 ダニエルは目を凝らして見つめた。


『ダークさん  襲撃を受け  助けて――』

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