第5話 迎えた朝

 彼女の同意を得て、僕たちは婚約誓約書にサインをし、アイルの立会の元、すぐさま教会へ直行したらしい。


 そして今、僕は彼女の部屋で向かい合って朝食を食べている。


 彼女の名前はリナ。僕より四つ歳下の女の子だ。


 会話は無いものの、彼女が終始笑顔でいてくれるので、穏やかな空気が流れる。

 おかげで昨日の出来事を整理しつつ、記憶が呼び戻される。


 勢いとはいえ、こんなすぐに他の子と婚約するなんて。僕は何をやっているんだ………


 アイルも何であんなノリノリだったんだ?やっぱり酔っていたのか。二人ともお酒は強いはずなのに、昨日はかなり飲み過ぎた。


 しかし、何でこの子は僕と婚約したんだ?会ったばかりなのに。

 昨日は私服で、僕が魔術師団副師団長と分かるものは何も身につけていなかった。僕は表に出るタイプではないので、酒場で働く彼女が僕を知っていたとも考えにくい。


 肩書き目当てではないのか……じゃあ何故?

 エリーズのことがあり、僕は女性に懐疑的になっていた。


 今思うと、本当に最低だと思う。自分で結婚を申し込んでおいて。


「一目惚れなんです」


 僕がグチャグチャと考えていると、彼女が口を開いた。


「え? アイルじゃなくて、僕?」


 キョトンとする僕に彼女はふふ、と笑う。嫌な笑顔じゃない。


「はい。それにアイルさんはお得意様で。まさか騎士団の副団長さんだったなんて」


 一瞬、僕の身分もバレたかとドキリとしたが、僕は彼女に嘘を付いていたらしい。


「レインさんは魔術師団で魔術師として働かれているんですよね? アイルさんとはよく現場でご一緒されてるとかで」


「あ、ああそうだね」


 あの酔っ払った状況で、僕もアイルもよくそんな嘘が付けたな、と思った。


「一目惚れなんて、信じられませんか?」


 顔を赤らめて彼女が僕を見つめて来たので、僕もつられて赤くなる。


 ………何だ、コレ。


 彼女が僕自身を好きになってくれたのは伝わって、胸がもどかしくなる。

 しかし、婚約したからには偽ったままではいられないだろう。


 でも。


「訳あって、婚約したことをしばらく隠したいんだ。それでも良い?」


 こんな最低な申し出にも彼女はフワリと笑って答えてくれた。


「わかりました。秘密ですね」


 チクリと胸が痛みつつも、僕はホッとしていた。彼女は僕を受け入れてくれてばかりだった。


「その代わり……」


 そう彼女が言った時はドキリとしたけど、何とも可愛いお願いを言ってきた。


「たまには私の手料理を食べに来てください」


そして彼女にお弁当を持たせてもらって僕は仕事に行くために彼女のアパートを出た。


 外に出ると、このアパートが昨日の飲み屋の近くだとわかった。

 彼女はあそこの店員なので、職場と近い場所に住んでいるんだろうと思った。


 僕が何故二日酔いなのにこんなにスッキリしているのか、もっと深く考えるべきだった。魔術師団副師団長のくせに。

 あんなことがあって、僕は物事を考えないようにしていたのかもしれない。

 『聖女なんて嫌いだ』という他の聖女に怒られそうな感情を、僕は子供っぽくも抱いていたから。


◇◇◇


 研究室に行く途中の道で、ヒソヒソと僕を見て話す人たちがまだいたので、僕は急いで研究室に入り、その日は籠もって仕事をした。


 彼女が持たせてくれたお弁当はサンドイッチで、片手で食べながら仕事が出来た。


 ……彼女、料理上手だよね。

 朝食も美味しかったし。昨日の飲み屋でのスープも彼女の作ったものだろうか?



 エリーズには手料理を振る舞ってもらったことは無い。会うのはいつも高級レストランで。

 

 たかられていたのか……?

 そう思い、また嫌な気持ちに支配されたが、彼女のサンドイッチを口に運ぶと温かい気持ちになった。


 「彼女とエリーズを比べるなんて最低だな」


 ポツリと呟いて、僕はサンドイッチを頬張った。


 アイルにも話を聞きたかったが、騎士団にもまだ噂が流れているかと思うと、行く気になれなかった。


 それから、アイルは長期の魔物討伐に出てしまい、お互い仕事が忙しいこともあり、会えずにいた。


 そうこうするうちに、噂も師団長のおかげで消え、エリーズとあの男も騎士団から除名されたと聞いた。

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