第3話 婚約破棄と噂

 それからは修羅場だった。

 青ざめた男はあっという間に逃げていき、置いていかれたエリーズは、わんわんと泣き喚いた。


 これは違うんです、とか、あの男に迫られて困っていた、とか、次々と呆れた嘘が彼女の口から出て来た。


 僕はこれ以上、彼女のその甲高い声も泣いて縋る顔も、聞きたくも見たくもないと思ってしまった。


「婚約破棄の手続きはしておくから」

「私は婚約破棄なんてしたくありません……!」


 なおも泣いて縋るエリーズにどんどん嫌気が差す。


「仕事を辞めたいなら、あの男と結婚して好きにすれば良い」

「な……」


 僕の突き放した言葉に瞳を見開いてエリーズは固まった。


「さよなら」


 僕の腕を掴んでいたエリーズの手を振り払い、僕は第四部隊を後にした。ついでに親友のアイルを捕まえて、その足で教会に向かった。


 婚約誓約書の無効化にもそれなりの保証人がいる。婚約の時は師団長だったけど、この話を持って来た師団長には言いづらいので、アイルに頼むことにした。


 アイルは驚いていたけど、


「だからあの女はやめておけと言った」


 と少し怒りながら言ったので、


「忠告を無視してごめん」


 と僕は反省しながら言った。


 

 

 次の日、師団長が慌てて僕の所にやって来た。


「お前、エリーズと婚約解消したって本当か?!」


 僕の研究部屋の扉が壊れんばかりに開かれたので、相当急いで来たのだろう。


「本当ですよ。せっかくご紹介いただいたのにすみません」


 僕から説明するつもりだったのに、一体誰から聞いたんだろう?という疑問を持っていると、師団長は信じられないことを言い出した。


「お前、一方的に婚約破棄を言い渡したらしいな? 他に好きな女でも出来たのか?」

「はあ?」


 上司に対して失礼だと思いながらも、つい呆れた声が出てしまう。


「エリーズが泣きながら俺に訴えて来たぞ。」


 どうやらエリーズは自分の不貞を棚に上げて、僕を悪者にしたいらしい。


 はあ……とため息をつき、僕は時魔法を発動させる。

 僕の時魔法は、僕が見たこと聞いたことを映像化出来る。ちなみに僕しか使えない。

 

 エリーズは仕事の話を嫌うので、もちろん僕の能力は知らない。


 師団長に昨日の出来事をありのまま見せると、師団長の額にどんどん皺がよっていった。


「す………すまん!!!!」


 3秒後には土下座姿の師団長がそこにいた。


「謝らないでください。師団長が悪いわけでは無いですし」

「しかし、エリーズを紹介したのは俺で……」


 師団長は僕を可愛がってくれていた。良い話だと信じて、この話を持って来てくれたのは僕にもわかっている。


「むしろ結婚前にわかって良かったですよ」


 そう言って師団長に笑って見せると、彼はまだ歯切れが悪そうにモゴモゴしていた。


「まだ何かあるんですか?」


 言いにくそうな師団長にそう問えば、最悪の言葉が返ってきた。


「お前が一方的に婚約破棄したこと、エリーズが言いふらしているぞ」


 昨日の今日で、エリーズは僕が一方的に悪いという噂を騎士団から始まり、そこで働く魔術師にも言いふらしていたため、騎士団と魔術師団共に完全に広まっているらしい。


「あの女ぁぁぁ……」


 最後の最後まで幻滅させやがって。

 元々孤児院出身ということもあり、心無い事を言われることはあった。副師団長に上り詰めてからは、そんな煩わしいことも無くなったと思っていたのに。


 僕は自分で言うのもなんだけど、けっこう繊細だ。仕事がやりにくくなるのは困る。

 はあ、と頭を抱えていると師団長が肩をポン、と叩いた。


「大丈夫だ。エリーズにも、その浮気相手にもけじめはつけさせる。噂の方も、魔術師団の方は俺にまかせておけ」


 師団長がそう言ってくれるのなら安心だろう。ただ、広まった噂を完全に取り除くのはすぐには無理だろう。


 はあ、とまたため息をついていると、師団長はバンバンと僕の背中を叩いた。


「お前は悪くないんだから、胸を張っていろ!」


 背中を叩かれた僕は、思わずヨロヨロとしてしまう。そして部屋を去ろうと扉を開けた師団長が、チョイチョイ、と扉の方に僕を見るように促した。


「持つべきものは親友だな」


 師団長はそう言うと、心配そうなアイルが部屋に入って来た。


「もう上がって良いから、二人で飲みにでも行ってこい」


 そう言って師団長は去って行った。ガサツだけど、いつも僕を気遣ってくれる師団長。心の中で僕は「ありがとうございます」と呟いた。

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