第2話 僕のこと
僕、レイン・アーシュターは王立魔術師団の副師団長だ。王宮で魔術師の育成や魔術の研究等をしている。
魔物討伐の現場に応援として呼ばれたのは数えるくらいだ。
こんな立派な肩書きを持っているけど、元々は孤児院出身で、八歳の時に魔力を見出され、国の援助で王立魔術師学校に通わせてもらった。
魔術は僕を夢中にさせて、没頭して勉強する内に、『天才』と呼ばれるようになった。そして今に至るのだ。
「お前、聖女とお見合いしろ」
仕事人間だった僕に、ある日師団長がお見合い話を持って来た。
聖女ーー 魔物討伐に欠かせない浄化の力を持つ女性で、その多くは貴族のご令嬢に力があるという。
「え、嫌ですよ……面倒くさい」
副師団長という肩書きはあるものの、孤児院出身という僕にご令嬢は合わない気がする。それに、『誰かを愛する』なんて想像もつかない。
「まあ、とりあえず会ってみろよ! 美人だぞ〜」
嫌そうな顔をしていた僕に、師団長はバシバシと背中を叩いて言った。
師団長にはお世話になっているし、まあ。
そう思って僕はその聖女と会うことになった。
◇◇◇◇
「初めまして♡エリーズ・シュクレンダです。レイン様にお会い出来て嬉しいです」
師団長にセッティングされたレストランに来た僕に、ウエーブした金髪を指でくねくねしながら甲高く甘い声でその女は近づいて来た。
「どうも……」
苦手なタイプだな、と感じ、思わず笑顔が引きつる。騎士団との接触は数えるくらいなので、聖女ってこんな感じだっけ?と疑問に思いつつ、とりあえず、二人で向かい合って食事を始めた。
僕は話すのが苦手なので、エリーズがガンガン話してくるのに気圧されてしまった。
「僕のことを好きだった」とか、「婚約出来たら夢のようだ」とか、甘い言葉を沢山浴びせて来た。
『愛する』ことがわからなくても、こんなに愛してくれるのなら僕も愛していけるのかな、とぼんやりと思った。それに、聖女を務めるくらいなのだから、彼女は素晴らしい人に違いない。
それから。
エリーズの勢いや上司からの紹介ということもあり、婚約の話がトントン進み、僕たちは婚約した。
エリーズは王立騎士団の第四部隊で聖女として働いていた。婚約した後は、何度かデートを重ねてお互いを知っていった。……と僕は思っていた。
◇◇◇
エリーズと婚約して三ヶ月が経っていた。僕はその日、仕事が早く終わったので、エリーズを食事に誘おうと騎士団の方へ向かった。
僕の勤務する魔術師団と騎士団は王城を挟んで反対側の敷地内にあり、転移魔法で簡単に向かえた。
だからエリーズがいなければそのまま帰れば良い。そう軽く考えていたんだ。
突然行ったら驚くだろうか。エリーズは喜んでくれるだろうか。僕はエリーズの愛を疑わずにいた。そんな想いはすぐに壊れてしまったけど。
騎士団の入口は魔術師団副師団長ということもあり、顔パスで入れてしまう。
「さて……第四部隊……」
第四部隊は今日、魔物討伐に出ている。すぐに終わる簡単な物のはずだから、そろそろ戻って来るか、すでに戻って来ているか。
第四部隊の待機所までやって来る。奥の物置が半開きになっていて、誰かがいるようだ。
第四部隊の者ならエリーズのことを聞こう、そう思って手をかけようとした時ーー
「ん……はあ」
激しいキスの音と艶めかしい声が聞こえてきた。
「こんな所でよくやるな」と思いつつ、騎士も男だからな、とドアにかけようとした手を離した。
「こんなことしてて良いのか、エリーズ」
その場を離れようとした僕に信じられない名前が聞こえてきた。
まさか?そんな、と思いつつ、その場から足が動かない。
「そんなの今更でしょ、クレマ」
クスクスと笑うその声は甘い、聞き慣れた甲高い声。ーーエリーズだ。
「今日はあの真面目くんとは約束してないから」
「よくやるよ、お前も」
「副師団長との婚約者なんて、美味しい話を逃すわけないでしょう」
二人が繰り出す会話に思わず固まってしまう。
何を言っているんだ……?
そんな僕の気持ちもお構いなしに、二人は会話を続ける。
「あの真面目くん、聖女に幻想を抱きすぎなのよ。無口かと思うと、仕事について煩く言ってくるし」
エリーズは仕事に対してやや不真面目な発言をすることがあったので、僕はそれを注意したことがある。エリーズも笑顔で聞いてくれていたので、僕はてっきり受け入れられていると思っていた。
「お前のことを清楚なお嬢様とでも思っているんじゃないのか? 可哀想に」
「うるさいわね、クレマ。貧乏令嬢だからってバカにしてるの?」
「婚約話が来たときにあっという間に俺を捨てようとした時には焦ったよ」
どうやら二人は僕たちが婚約する前からの関係らしい。見たことのないエリーズに僕の頭はクラクラする。
「あの男があんなつまんない奴なんて。しかも結婚後は仕事を辞めたいって言ったら、『聖女の仕事は尊い物だから続けるべき』なんて言うのよ?」
「俺をキープしといて良かっただろ?」
ええ、そうね。とエリーズが言うと、再び二人の口づけをする音が物置内に響いた。
「それでも結婚してしまうんだろう?」
口づけの沈黙を破ってその男がエリーズに聞く。
「当たり前でしょ。魔術師団副師団長の妻よ? 不自由ない暮らしが出来るわ。仕事だって、あの真面目くんを何とか言いくるめて辞めてやるわ」
僕は目の前で起きている出来事に現実逃避しそうになる。
「仕事を辞めたら俺と会えなくなるじゃないか」
……いつもこんなことをしているのか?
いつも僕に愛を囁いてくるエリーズとはまったくの別の顔。
「そうね。貴方と会うことで息抜きになるなら、聖女の仕事も悪くないわね」
聖女の仕事を何だと思っているんだ?この女は。
プツリ、と何かが切れた。
「エリーズ、愛している。結婚してもお前は俺の物だ」
「安心しろ。結婚はしない」
物置のドアを勢いよく開けて、僕はその男に言い放った。
僕の顔を見て、男の顔が一気に青くなっていった。
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