第4話 プロポーズは突然に

「ビールおかわり!」

「今日は飲みすぎるなと言う方が無理か……」


 僕たちは飲み屋にやって来ていた。アイルがオススメと言うので、初めてやって来た場所だ。城下町にある大衆酒屋という感じで、庶民的な感じが落ち着く。エリーズとは格式高いレストランでの食事ばかりだった。


「うまい!!」

「だろ?」


 つまみを頬ぼる僕を見て、アイルがニカッと笑った。

 アイルとは騎士団との仕事で出会ってからの仲だ。下っ端から二人とも這い上がり、副団長、副師団長という地位を得た。


 アイルは騎士団長を父に持つサラブレッドだけど、嫌味も無く努力家の男だ。サラサラの金髪が爽やかなイケメン。黒髪の暗い自分とは正反対だ。


 だけどアイルといると心地良いのだ。僕が女の子なら絶対に恋に落ちるだろう。なのにアイルには浮いた話が無い。


「仕事人間なのはお互い様かあ……」


 ほんのりほろ酔いで気分が良くなってきた僕はポツリと呟いた。


「レインにはもっと良い子が現れるさ」


 そう言ったアイルに、君にこそだろ、と思いつつ、もう婚約とか結婚とかはコリゴリだと思った。


「聖女なんて嫌いだあ………」

「聖女がみんなああじゃないから。むしろあいつが特殊だから」


 アイルは笑って言ったかと思うと、急に真剣な顔をしだした。


「うちの団の者が不誠実なことをしていて申し訳なかった。これは俺の監督不行き届きでもある」


 そう言って頭を下げだしたので、僕は慌てる。

 師団長もそうだけど、悪いのは二人ではないのに、僕のためにこれ以上気にしないで欲しい。


「そちらの師団長からも申入れが来ている。エリーズもその男も騎士団を辞めさせられることになるだろう」


 エリーズは聖女を辞めたがっていたので、こんな形で辞めることになるなんて皮肉だな、と思った。


「そこまでするのかあ」


 庶民出身の僕には仕事を失うことがかなり重罰のような気がする。


「国を守る騎士団の中にそういう奴らがいるのも困るしな」


 アイルはそう言うと、僕に向かって「お人好しだな」と笑った。


 別に僕はエリーズたちの心配をした訳では無い。僕に今後関わらないなら何をしてようが関心が無いだけだ。


 そこでふと、僕はエリーズを愛していなかったのだと気付く。


「酷いのは僕もだったんじゃないかな」


 そう呟くと、


「それでも浮気する方が悪いに決まってる」


 そう言ってアイルは僕にビールを注いでくれた。アイルは僕に甘い。いつだって味方をしてくれる。そのアイルがエリーズとの婚約話が来たときだけは反対した。


 「アイルの言う通りにしておけば良かった。ごめん」


 そう言うと、アイルは優しく笑って言った。


「それこそお前が謝ることじゃないだろ」


 今度こんなことがあれば絶対にアイルの意見を聞くよ、そう言いながら僕はビールを飲み干した。


 「お待たせしました!」


 ほろ酔いの僕たちのテーブルにいきなり置かれたのは、頼んでいないはずのスープ。


「飲みすぎる前にどうぞ。サービスです」


 スープを持って来てくれた女の子を見れば、小柄で華奢で、可愛らしい。

 

 サービス良いな、この店。そう思ってスープを口に運ぶ。


「美味しい……!」


 どこか懐かしいような、泣きたくなるような、優しい味だった。


 思わず感動して、このスープを持って来てくれた子を見れば、彼女はその小さい身体でクルクルとよく動いていた。僕よりも年下だろうその子は笑顔で客に料理やお酒を運び、本当に楽しそうに笑っていた。


 その笑顔が眩しくて。


「綺麗だな」


 とポツリと呟いてしまった。

 それを聞いたアイルが急に立ち上がる。


「え?」


 親友の突然の行動にびっくりしていると、アイルは僕の肩をガシッと掴んだ。


「あの子、好みか????」

「え? いや……」


 アイルも酔っているのか?凄い勢いだ。


「俺は、あの子、お前に良いと思う!! お前には幸せになって欲しい!!」


 アイルの急な演説に驚きつつも、僕も酔っていて頭がフワフワしている。


「あの子、知り合い?」

「まあな。紹介しようと思っていた」


 僕の問いにアイルの即答が返ってくる。

 アイルがそんなこと考えてくれていたなんて。本当に良い友人だな、と思うと同時に、いやいや。とすぐに思う。


「いやいや、僕は婚約破棄したばかりで」


 ありえない、と言う僕に、珍しくアイルが食って掛かる。


「関係ない!!あの子はお前を幸せにしてくれる!!あの子にしておくべきだったんだ!!」


 しておくべきだったんだ?


 何故過去形なのかわからないけど、二人共酔っていたため、スルーした。


 アイルが何故彼女をこんなに押すのかわからないけれど、この時の僕は、酔っていた。意識はあるものの、思考が停止していた。


 アイルがこんなに進めるなら良い子に違いない。何より、彼女の笑顔に僕は惹かれていた。


「悪い恋は良い恋で書き換えるんだ!!」


 そう叫んだアイルの一言が後押しになり、僕はテーブルに追加のビールを持って来た彼女に、勢いにまかせて言ってしまった。


「僕と結婚してください!!」


 今考えても、最低なプロポーズだったと思う。


 でも彼女はその優しい笑顔で言った。


「はい。よろしくお願いします」

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