第33話 誘拐
昨日もリナは僕と一緒に食事をした。
魔法弾実用化のお祝いに、僕の大好きなビーフシチューを作ってくれて、二人で笑い合って食べた。
いつもの変わらない幸せな日常があった。
「リナが攫われました!!」
駆け込んできた第一部隊の隊員の言葉に僕は頭が真っ白になる。
「は……?君は何をしていたの?」
ようやく言葉を絞り出せば。
「も、申し訳ございません!!!!」
隊員は深々と頭を下げた。土下座をしそうな勢いだ。
「責めるのは後だ、レイン。状況を説明して」
師団長の言葉で僕はようやく冷静さを取り戻す。
「いつも通り、リナを魔術師団まで送って行っていたのですが、途中で聖女様より『隊長が呼んでいる』と言われまして」
「そこでリナを一人にした?」
僕の厳しい視線に、隊員はビクっとしている。
「レイン」
師団長の静止に僕は黙る。それを見て、隊員は続けた。
「リナが『すぐそこだから大丈夫、隊長の所に行って』と言ってくれたんです」
「どうして攫われたと?」
隊員の説明に師団長が質問をする。
「別れたものの、やっぱりリナを送ってから隊長の所にいこう、隊長もそうしろと言う、そう思って戻ったんです」
隊員の説明に僕は心がザワザワして落ち着かない。
「戻ると、馬車に押し込められるリナが見えて、あっという間に馬車は走り去ってしまいました」
隊員は「申し訳ございません!」と再び頭を下げて、今にも泣きそうだった。
彼にとってもリナは大切な仲間なのだから、心配だろう。僕はようやく冷静になった頭で思った。
「マリウスには?」
「はい、すぐに報告して今、第一部隊を動かして形跡を追っています。隊長が副師団長殿にも伝えろと」
「マリウスが……」
隊員を一人割いてでも僕に伝えてくれたマリウスに、僕は心の中で感謝をした。
「でもおかしいんです」
「何か気になることが?」
隊員はうなずいて答えた。
「隊長は僕を呼んでいない、と言ったんです」
「!」
「その聖女が怪しい、か。」
僕も思ったことを師団長が口にした。
「本当に聖女だったのか?」
「はい!確かに聖女のローブをまとっていました。あのローブを第三者が手に入れることは不可能です」
確かに。僕たちの身分を証明する制服は厳重に管理されている。
だとすると。
「何故聖女がそんなことをするんだ?」
考え込む師団長を他所に、僕は隊員を掴んで転移の魔法陣を展開した。
「マリウスの所に案内しろ!」
「えええ??」
「おい、レインーー」
驚いて師団長に呼び止められたが、僕は立ち止まっている余裕なんてない。
「すみません、行きます!」
転移魔法が発動して光る。
「まったく、気を付けろよ!」
転移する瞬間、呆れた顔の師団長が見えた。
◇◇◇
「やはり来たか」
マリウスの元に転移すると、わかっていたかのような顔で出迎えられた。
マリウスは指揮のため、第一部隊の拠点地にいた。
「状況は?」
僕の問いかけにマリウスは頷いて、机に置いてある地図を指さした。
「リナは魔術師団の近くで馬車に押し込められ、城下町の方に向かった」
「町に?」
マリウスは僕の方へ目をやり、ある地点を指した。
「ここで、馬車の車輪の形跡が消えてしまっている」
その地点を見れば、町の中心部で、町の人がよく待ち合わせに使う噴水がある。
僕もリナとの初めてのデートはここで待ち合わせた。
「こんな沢山の人の目がある所なら、目撃情報くらいあるだろう」
「それが、まったく出てこない。それどころか、こんな中心で足取りがわからなくなれば、追いようが無い」
そんなことはマリウスもとっくに考えていたようで、すでに第一部隊による聞き込みが行われていた。
僕は地図に目をやり、噴水を中心に4つの道が延びているのを確認する。各道には裏道や狭い路地、立ち並ぶ店。
「今隊員が一つ一つ潰して痕跡を探しているが……」
マリウスの表情が曇るのが見えた。
それはそうだ。こんな時間のかかることをやっているうちにリナに何かあれば……
「お疲れ様です!!」
考え込んでいると、マリウスの通る声にはっとする。
振り返れば、手をヒラヒラとさせてアイルが立っていた。
「リナを一人にさせた聖女がわかったぞ」
「本当かっ?!」
「本当ですか?!」
僕とマリウスの声がはもり、アイルは目を丸くして驚いた。
「お前ら、いつの間にそんな仲良く!」
この非常時に、アイルがいつも通りのおちゃらけた態度なので、僕は思わずイライラしてしまう。
「調べるの大変だったんだからな。管理局にその時間ローブを使用していた聖女のリストを提出してもらって、そこからその聖女の動向と照らし合わせて……」
「あ、ありがとうございました……!」
恐縮しているマリウスとは反対に、僕は焦りで益々イライラしていく。
「それで!誰なんだ?!」
「まあ、落ち着け。冷静さを欠くとろくなこと無いぞ」
「お前は!!リナが心配じゃないのか!!」
ヘラヘラしているアイルに僕はつい声を荒らげてしまった。こんなの八つ当たりも良い所だ。
そんな僕を見て、アイルの表情は真面目なものになった。
「心配にきまっているだろ。俺の妹だ」
真剣なアイルの目を見て、僕は一瞬でアタマガ冷える。
「ごめん……」
そう言うとアイルは、いつものニカッとした顔で僕の肩に手をやった。
「こっちこそ、お前に落ち着いてもらいたくてすまん。それで……」
アイルは再び真剣な眼差しで僕を見つめた。
「お前、落ち着いて聞けよ?」
「うん……?」
今でさえ落ち着けないのに、何だろう?
僕は言いようのない不安に襲われながらも、アイルの言葉を待った。
「聖女、ですか……?」
隣で静かに僕たちを見ていたマリウスが何かを察したように口を開いた。
マリウスの曇った表情を見て、僕は嫌な予感がしてアイルを見る。
アイルはそんな僕をしっかりと見て言った。
「その聖女は、エリーズ・シュクレンダだ」
その名前を聞いた瞬間、僕の全身の血がザワザワと駆け上っていくのを感じた。
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