第32話 マリウスという男

「よし、完成!」


 あれから。僕は第一部隊に行けなくなってしまったので、研究がはかどりすぎて、魔法弾も早くに完成した。


 僕の代わりに色んな魔術師が騎士団で実戦に用い、レポートだけが僕の所にやって来た。数も徐々に増やすことが出来たので、多くの検証が出来た。


 そのおかげで、魔法弾の実戦投入が本格的に採用されることになった。そのための生産体制に入るため、僕は提出書類をようやく完成させていた。


 体調もリナのおかげでかなり良い。


 栄養満点の彼女の食事と、たっぷりの睡眠で、人生で一番健康なんじゃないかと思う。


 食事と睡眠、大切なんだな、と今まで気にもかけていなかったことを反省する。


 リナが僕の全てを良い方向に変えてくれているのは明らかだった。


「これからはちゃんと、私のこと頼ってくださいね」


 リナとあの日、僕は約束をした。


 『周りにも頼ること』シスターの言葉と重なった。敵わない所も同じだ。


 僕はやっぱりマザコンなんだな、と可笑しくなった。


 あれから毎日、リナは約束通り僕の部屋にやって来て、料理を作ってくれて、一緒に食事をした。


 リナが僕の部屋に来るまでは、第一部隊の隊員が代わる代わる送ってくれていた。ちなみにマリウスが来たことは無い。


「レインが嫉妬するから」


 とリナには僕が聞く前に言われてしまった。リナには僕の考えていることなんてお見通しみたいで、恥ずかしい。


 リナとのことをあれこれ考えているうちに、時間になったので、僕は書類を持って研究室を後にした。


 師団長室の近くまでやって来ると、見慣れた赤い髪が目に入った。


「体調はもう良いんですか」


 僕に一礼すると、マリウスが話しかけてきたので、僕も立ち止まった。


「お陰様で……。あの日は迷惑をかけて申し訳なかったね……」


 あの日、倒れた僕を馬車まで運んでくれたのはマリウスだとリナから聞いた。どこまでも彼は格好良いのだ。


「いえ、あの時は本当は駄目かとおもいました。隊長の俺がそんなことを言ってはいけないんですけど」


 珍しく弱気なことを言うマリウスに、思わず僕は驚いた顔で見てしまった。


「俺もまだまだ未熟ですからね。副師団長殿があの時いてくれて良かった」


 思いもしなかった謝意の言葉に、僕は胸が熱くなってしまった。僕はリナを助けたい一心だった。それだけだった。それでもマリウスは僕に「ありがとうございました」と言った。


「マリウスにも敵わないなあ……」


 そう言って笑えば、マリウスは不思議そうな顔をして言った。


「敵わないのはこちらです。貴方のおかげで、現場がどれだけ救われているか」


 どこまでも実直で格好良い奴。僕は泣きそうになった。悔しいからマリウスの前では泣かないけど。


「俺は、リナに伝えるつもりはありませんから」

「え?」


 マリウスの真っ直ぐな赤い瞳が僕を見ていた。


「リナを幸せに出来るのは俺じゃなくて、貴方ですから。俺にはあんな顔させられない」


 あんな顔とは?リナ、一体マリウスにどんな顔を見せたんだよ!!とモヤモヤ僕が思っていると、マリウスは口の端を少し上げて笑った。


「リナを泣かせたら許さない、レイン」


 許可したのに頑なに呼ばなかった名前を、マリウスは初めて呼んだ。


 僕は心の奥が何だかくすぐったくて。


「そればっかだな」


 誤魔化すようにそう言って笑った。


 マリウスに認めてもらえたのが嬉しくて、くすぐったくて。僕は心がポカポカするのを感じていた。


 マリウスは返事を求めるように、手を差し出したので、僕はその手を握り返す。


「当たり前だよ」


 僕の返事を聞いてマリウスは満足そうに、静かに笑った。


 ありがとう、マリウス。リナは譲れないけど、どうか彼にも幸がありますように。僕は願わずにはいられなかった。


 それから、僕はマリウスからあの黒いモヤの正体はまだ掴めずに、騎士団と魔術師団共同で本格的に調査することになったと教えてもらった。


 魔法弾の実用化が決まったことをマリウスに伝えると、「隊員たちが喜びますね」と嬉しそうに笑った。その顔を見て、僕は更に嬉しくなった。


 それから、マリウスとは別れて、師団長室のドアをノックした。


「どうぞ」

「失礼します」

「何だ、レインか」


 師団長室に入ると、いきなり師団長が疲れ切った顔を見せた。


「これ、魔法弾の書類です」


 師団長の前に歩んで書類を渡すと、「おお!」と一気に顔が明るくなった。


「最近の魔物増加でただでさえ頭が痛いのに、復活するとか何なんだろねえ」


 師団長は頭をガシガシ書きながら、僕の書類を受け取った。


「原因はこれから究明するんですよね」

「わかれば良いがな〜」


 師団長は苦い顔をして答えた。


 確かに、先日は必死だったので深く考えなかったけど、倒したはずの魔物が黒いモヤから湧き上がって来ていた。リナが浄化した所からは無かったけど。


 あんなことがこれからも頻繁に起こると、騎士団もいくら命があっても足りない。早急に究明が急がれる。


「リナの浄化した後からはモヤは起こりませんでした。やはり、聖女の浄化が鍵なんでしょうか?」

「今、第一部隊の隊長からも報告があったが、やはりそうなるかなあ……。しかし聖女が今よりも危険に晒されることになる」


 師団長はまた頭をガシガシとかいて、ため息をついた。


 聖女はご令嬢が多いので、確かに協力を得るのは難しそうだ。だからといってリナに負担が増えるのは嫌だなあ。


「とにかく、今は人員をそこに割いてでもやるしかないなあ」


 師団長が再びため息をついた。


「僕も協力しますからね」


 リナに危険が及ぶのは嫌なので。と心で付け足す。


「倒れない程度に頼むわ」


 師団長は苦笑して言った。


 コンコンコン、突然、急ぐようなノック音が師団長室に響く。


「どうぞ」


 何事かと師団長の空気も一瞬にして変わる。


「失礼いたします……!あ、副師団長殿、やはりこちらにいらっしゃいましたか…!」

「僕に用?」


 入ってきた男を見れば、第一部隊の隊員だった。あの日護衛をしてくれていた見知った顔が、慌てて真っ青な顔をしている。


 僕は嫌な胸騒ぎがした。


 その予感は的中で。嘘だと思いたいこの気持ちはあっという間にかき消され、非情な事実だけが伝えられた。


「リナが、攫われました!!」

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